アルコール依存症日記 2009久里浜の夏から

久里浜アルコール症センター 東6病棟492期 since2009年9月12日

カテゴリ: 久里浜・アルコール依存症

tiffany

このブログは 2009年9月から続けてきて、さすがに時代から取り残された感じがしてる。更新もサボリがちだし。

個人ブログはまだあるにはあるが、猫も杓子もやっていた時代と比べると半減どころではありませんね。そして個人ホームページとなると、これはもう過去の遺物めいている。これだけ技術が進歩し、表現が多彩になり、新たな記述の方式や部品が出てくると、Web の専門家でも何でもないただのアマチュアの日記としては、そう言うのに追いついていくのは青息吐息になってます。

ソーシャルネットワークは基本的に自分の知り合いや仲間に何かを伝えるものであるが、僕はそこを目指していない。もちろん知り合いが読んだって怒りはしないが、僕は常に不特定のアル依系の読み手を想定して書いている。

それから、タイムラインをどんどん下に流れて消えて行くソーシャル系のメディアではなく、どこかに一覧性のある目次めいたページがあり、そこからサイト内のいたるところが参照可能になっていて、過去に書いたものの繋がりをいつでも確かめられる形に捨てがたい魅力を感じている。アル依の初心者とかが色々とみてくれると嬉しい気がします。

更新が途切れがちだけど、自分の為に何とか続けていければと思ってる。当然自分が飲まない為に。多分僕がこれをやめるのは僕がボケたときなんだろうなぁ~、なんて、、、。

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honda

僕は昔から地蔵とか能面かと言われるくらい体や表情が固まっている感じで、高校の頃には僕のことを何があっても動じないみたいに思っている友人もいたが、実は若い頃から、いや、子供時代からずっと、心の中では激しい嵐が吹き荒れていたのである、それが切実な実感。

それが、社会人になって、いろいろ嫌なことや苦手なことをやらされて、それでもたまたま運が良くてポキンと折れてしまわず、結果的には鍛えられたわけで、次第に何が起きてもあたふたはしなくなってきた。いや、やっぱり、あたふたはするのだけれど、ビクビクとハラハラは減ってきたと感じてました。

自分では割合ストレスに強い人間になってきたような気でいたのだが、人生も中年というか中盤になってっくると、それなりに辛い事柄が重しになっているわけで。それがある日突然、ドーンと身体に出て来たのである。

40歳代前半頃だったかの単身で別居住まい中に、色々なことが辛くてアルコールで酔うことを知ってしまいました。それまでとは別の世界での酔いです。そんな訳でアルコール依存症、40代の10年間を失った。

まぁ運よく2009年7月久里浜病院にかかわることが出来て生還できたけれど、酒を飲み続けて逝きますか、一生断酒して生きますか。僕は後者を選んで今を生きてます。

そして、これからも続く飲まない人生のことだけど、いちいちビクビク、おどおどしていると暮らしにくいので、うまい具合にそれを避けられるようになっては来たとは言え、だからと言って自分はそんなに強い人間ではない。

まぁ腰が痛いとか、ヘモグロビンA1cが6になってるとか、フェブリク錠は一生飲まにゃならんとか病気自慢でもしながら、そして毎日薬も呑みながら、おおらかに生きて行きたいものであります(笑)

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kurihama

番組について少し調べてみると、もともとはベルギーの『RADIO GAGA』という番組に感動したNHKのPが番組のフォーマットを買い付け、その内容をアレンジし、ロケ場所を病院限定で撮影を行っているとのこと。日本オリジナルじゃないのか~とも思いましたが、この企画フォーマットを参考に、舞台を病院に絞り込んでサンドウィッチマンと掛け合わせるというキャスティングは日本ならではのアイデアだと思います。

ロケ先の久里浜医療センターで段取りをしたスタッフは大変だったと思いますが、撮影の許可を出した病院と、出演してくださった依存症の患者や看護師の方々。皆さんの勇気には心からの敬意を表したいと思います。11年前ここに入院していた僕としては、東6病棟や体育館、認知行動療法、院長や当時若手だった先生が出ていたり、ラジオブースがたしかビアンって名の食堂で、懐かしくて涙が少し、、、。放送を見た久里浜OBとしては、一生飲んではいけないことを再認識する良い機会でありました。

再放送 NHK総合 2月29日(土)午後3時05分~ 午後3時45分

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da


ドラマを観ていたら、私がどれだけ心配したかわからないの~!って怒るシーンがあった。考えてみれば、この怒っている人の精神構造は不思議なのである。
この人の怒りの中心は、あなたは何故私の気持ちを理解しないのか?ということであり、私がこれだけ思っているのに、あなたが何を考えているのか分からないという腹立たしさでもあるかもしれない。

しかし、それを逆から辿ると、私自身はあなたが何を感じ何を考えているか分からないのに、それを棚に上げて、私が何を感じ何を考えているかを、あなたが分からないことに腹を立てているのですということ。

最近の僕はこんな風には怒らなくなった。裏返せば、昔はよくこんな風に腹を立てていたなぁということ。

決して怒らなくなったわけではない。ただ、こういう感じの怒り方はしなくなってきた。それは、カッコ良く言ってしまうと、年を取って落ち着いてきたということになるのかもしれない。

こういう怒りは良くない。そう、僕は年を取って、これは良くないぞと思い直せるようになったということだ。

普段から僕の心中を察してくれているような人なら、その人が今回解ってくれないのは何故だろう? 何か理由があるに違いないと考えるべきところではないかな。

であれば、相手の顔を見るなり怒るのではなく、まず「どうしたの? 何かあったの?」と声をかけるべきではないか?

しかし、それは相手が自分にとって大切な人、愛しい人の場合だけだろぅ。世の中には憎たらしい奴もいる。そんな奴にはついつい腹を立ててしまうものだという反論があるのかもしれない。

でも、ものは考えようである。自分にとって大切でない人、どうでもいい人であれば、別にそんな奴に自分の気持や考えを解ってもらわなくても構わない。勝手に何でも言っていれば良いのである。

言ってみれば僕は、年を取って一気にここまで考えられるようになったということだ。管理人の仕事でクレーマーの罵詈雑言に無表情を装って耐えられるのも、そういう事かな。10年前なら一杯引っかけないとやってられないところですね。

まぁ、年を取るってこういうことではないだろうか? 違うかな? だから時々嫌な奴だと言われるのかな(笑)

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sm


僕自身は10年前に酒と一緒に煙草をやめたので何の問題もないのだけれど、煙草を吸う人の旗色が日に日に悪くなっているのを如実に感じる今日この頃です。

僕が管理人をしているマンションでのクレーム。通気口から煙草の煙が入ってくるとの通報が住民からあった。バルコニーは共有部分であるから煙草を吸わないように、とのこと。

うむ、確かにバルコニーは共有部分である。その部屋の家族が専有的に使っているものではあるが、規定としては共有部分である。共有部分での喫煙は禁じられている。隣のバルコニーで煙草を吸われると、煙が通気口から入ってくる可能性がある。

どれもこれも反論のしようのない事実である。

ただ、そもそも世の喫煙家がベランダで煙草を吸い始めたのは家族から追い出されたからではないか。家の中で吸うと怒られるからベランダに出たのではないか。

ところが、ベランダに出たら今度は隣の家に怒られた。

冒頭に書いたように、僕は既に煙草をやめているので何の不自由もない。煙草をやめてから他人の喫煙を不快に感じることも少なくないので、確かにもしも通気口を通じて隣のバルコニーから隣家の煙草の煙が入ってきたら不愉快である。

だからそれを禁じることには賛成だし、もし、すでにそういうルールになっているなら守ってほしい。

ただ、室内からベランダに追われたかつての「ホタル族」は今度は一体どこに飛んで行くのだろうか?

不憫に思わないでもない。

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roket

 エルトンのファンというわけでもないし。レコードや CD は1枚も買ったことがない。でも、エルトン・ジョンと聞くとバーニー・トーピンという名前が浮かぶ程度には知っている。まぁ一番好きな曲は Goodbye Yellow Brick Roadかな、 黄昏のレンガ道。
 エルトンが浮き上がり、観客が浮き上がり、エルトンがロケット噴射して飛んで行く印象的なシーンがたくさんあった。ドラッグにヘロヘロになって半ば自殺を図るようにプールに飛び込んだエルトンを、プールの底で待ち受けていたのが少年時代のエルトンで、おもちゃのピアノでロケットマンを弾いているというのも、なんとも言えないエモい感じ。
 ストーリー自体は、ド派手なステージ衣装で断酒会に現れるシーンから始まる。もちろんエルトン・ジョン本人にとっては大変なコンプレックスや苦難、試練であったかもしれないが親の愛情に対する飢餓感、アルコール依存とドラッグとホモセクシュアルというアメリカのスター誕生物語には決して珍しくない設定である。
 それを血の通った物語に肉付けするのは無論エルトン・ジョンとバーニー・トーピンの作品なのであって、さすがに音楽の力は大きいと改めて認識した次第。そしてマネージャーのジョン・リード、ボヘミアンラプソディーとは違う雰囲気でなんだか興味深いこと。
 トランプが金正恩をロケットマンと呼んだ時に、おいおい、それはエルトン・ジョンに対して失礼だろうと思った人は同世代以上だよね。そして僕らにとって、映画の最後に流れた禁酒して29年というテロップが素晴らしい。

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kamikakushi

 1つの思考にハマる視野の狭い人は、自分の考えや思い込みを反射的に相手に押し付けます。こういう人を残念な人と呼ぶそうです。アルコール依存症の人に多いと思います。
 もちろん、誰しも残念な状況に陥ることはあります、それと本質的に残念な人であることとは違います。本人は頑張っているつもりなのに目の前の問題から抜けられず、知らずに悪循環を繰り返したりします。
 まぁ空気を読まず、まわりから理解を得られないことが多いですね、そんな感じでもその雰囲気を自分でも感じて解っているならば大丈夫ですね。ちょっと立ち止まって、間をおいて全体性を見渡してみれば、自分の思考パターンだけにとらわれることはありません。冷静かつ客観的に判断し行動するように心がければ人に安心感を与えることができる、そして信頼される。少し幸福になれるかも。

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20161215_124630

 今年の秋で60歳、そしてキリの良い年に突入という時期には、僕らのような凡人でも人生を振り返る機会を持つことと思います。
 仕事のこと、愛について家族や友人のことなど、お金のこと、老後のこと。まぁ気が付けばいつも迷ってばかりで周囲の目を気にしてしまう生き方をしてきたし、典型的な中途半端な生き方。
 周囲を気にしてるくせに、よく大酒が飲めたもんだと不思議に思うこともある、そしてアルコール依存症になった、そしてお酒から解放されたら何となく気が軽くなったように感じてる今日この頃です。
 ささえてくれる家族がいたことに、今もいてくれることに感謝します。本当に心からささえてくれた母の愛情に頭がさがります、面と向かっては言えないけれど。
 ごはんを外に食べに行けば、隣で相方は生ビールからワインなどやってますが、家では飲みません。家にお酒を置かない約束だからね。酒飲みの相方も夫のために10年も耐えてると思うと頭がさがります、まぁ、健康には良いと思いますが。
 49歳夏に久里浜アルコール症センターに入院、当時を懐かしく思い出していたら。久里浜同期のTさんから腰椎すべり症の手術をするとの連絡、お酒には勝っていても、加齢には敵いませんね。

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sm

 年齢を経れば誰でも自然と大人になって行くのだと思ってた。 年月が経てば誰でも普通に成長するものだと思っていました。40代でもそんな感じで。そんな甘えがあったからアルコール依存症になったのかなって考えたりしていました。
 人として成長することは大変難しいことだと気づいているわけだけど。大人になるのも成長するのもきちんとした積み重ねがいる。きちんと努力する長い地道な時間がいる。それをちゃんとした人だけ、魅力的な大人になっているのだと思う。
 もう還暦です、そのあたりをさぼった人とさぼらなかった人の差が歴然と開いてくるのが自分でもわかってくる、悲しいことにその差を縮めることは不可能に近い。
 2009年7月30日に久里浜入院だから10年が経ちました。ボクの場合は由緒正しいアルコール依存症のひとりとして、これからも誠実に生きていくしかないのだけれど。
 そういうのとは別に、大人になる過程で子供な部分を大切にしたか、童心が残っているか、そんなことが歳をとっていくこれからの、自分に大切になってくるのではないかと考察。

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FB

 アルコール依存になりやすいパターンというか、きっかけで多いのは寝酒です。眠るために飲むのが出発点と言う人が多い。依存とは量が増えていく、回数が増えていく、ついには朝から晩まで飲んでいる状態となります。 頭のいい人は夜になるとますます頭が冴えるので強制的にシャットダウンするために酒を飲む人が多いのです。
 ですが、飲めるタイプの人間は多く飲んでも眠くならず、どんどん酒量が増えていきます。酒で高揚感を得るといいますが、脳が誤作動しているだけと思います。心の闇を酒で晴らす、それをやめるために心の闇に切り込む、というけれど心の闇などだれもが持っています。抑制がとれて逸脱行為がある、当たり前じゃないですか。昔はあの人は酒で身上潰した、とか肝臓やられて早死にした、とかよく耳にしたものです。正常の範囲がだんだん狭くなって酒に溺れて死ぬのも見た目には哀れですが、本人は好きな酒で死ぬのは本望だと思います。
 アルコール依存症が治ったという事例を聞いたり見たりした事はありません。10年断酒しても1度飲めば元の木阿弥です。来月で久里浜に入院してから10年たつのです。

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ダウンロード

 最近問題になっているのが、ごはん、麺類、甘いものなどの糖質を多く摂る人の脂肪肝が増えている件。昔からお酒の飲み過ぎが脂肪肝につながることはよく知られています、進行すれば、酒の問題で肝硬変や肝臓ガンで亡くなる怖い病気ですね。
 今、アルコールを飲まない人の間で脂肪肝が増えているそうです。糖質の摂り過ぎによって、血中に糖が増えすぎると、インスリンが過剰分泌され、中性脂肪が肝臓に蓄積されてしまうのです。脂肪肝の人の10人に1人が、およそ10年間かけてNASH(非アルコール性脂肪肝炎)に進展していくとされています。
 お酒を飲まないけれど甘いものが好きという僕らはNASHに要注意です。

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e

 自分は飲み過ぎたりしない、自分は酒に依存していないという主張を頑なに繰り返します。たとえ酒が原因で身体をこわそうが、家庭が崩壊寸前になろうが、仕事を失おうが、自分の問題の本質に目を向けようとはしません。
 心の奥ではダメだ、このままではダメだと気付いているのに。止めなくちゃとは思っています。でも止めようと思いつつも止められない葛藤。
 アルコール依存症の本人でなければ分からない、外からはダラシない奴と見られるのも辛いところです。自分はもうどん底だ的な自己否定感に支配されるようになり性格はどんどん内向的、孤独感からまた酒を飲む、この繰り返しパターンにどっぷりと嵌まります。
 そして、他人の欠点に過剰に反応してそれを攻撃。酒に支配されて自分の思うようにならない自分自身に腹を立てていること、それが他人への攻撃に変わってしまうのです。自分より強い立場の人にはサラリと流し、身近で自分より弱い立場の人がターゲットになるんです。
 結局、弱っちい惨めな自分に気がつけない、情けない奴なんですね。

pig

 加齢とともに増えてきた、知っている名前や数字がすぐに出てこないあれ何だっけ?現象。加齢に伴う神経細胞の死滅や、使われないネットワークの縮小により、脳は少しずつ萎縮しています。個人差や部位による差はあるそうですが、特に萎縮が早いのが前頭葉とのこと。僕らアルコール依存症は過去の大量飲酒で脳細胞が死滅していたり、飲酒による脳萎縮で普通よりも厳しい状況なのかしら。
 前頭葉にはワーキングメモリ(作業記憶)という、入ってきた情報を一時的に保存して他の情報と組み合わせ、情報に優先順位をつけて処理する機能があるそうな。いわば脳の司令塔ですね。しかし、その処理能力は加齢とともに衰え、50代ではピーク時よりも30%ほど低下とのこと。
 脳は入ってきたさまざまな情報を短期記憶として仮置きしておいて、繰り返し使われることで、海馬が重要な情報だと判断して、長期記憶に移動します。その橋渡し役をしているのもワーキングメモリ。このため、ワーキングメモリの働きが低下すると、必要な情報をうまく引き出せなくなる。
 あれっ何だっけ(笑)

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kagami

 古来より酒は人々のコミュニケーションを円滑にする重要なツールとして人々に寄り添ってきました。例えば、結婚式での三々九度や乾杯、お葬式で献杯、一年の締めくくりや新年の始まり、仲間を迎え入れ、送り出すときなど、人生のあらゆる節目にお酒が重要な役割を担っています。
 コミュニケーションを円滑にするお酒は、適度に飲めば、私たちの暮らしを豊かなものにしてくれます。しかし、度を過ぎた飲み方や誤った付き合い方をすれば、予期せぬマイナスを招き、本人だけでなく周りの人をも苦しめてしまう毒にもなる怖さも併せ持っています。
 お酒の飲み方は、自分自身を映す鏡。自分自身のしでかした事など振り返り読み返すたびに、新しい発見があります。

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yonetsu

 健康診断の結果を気にして、お酒の飲み過ぎを自覚したときに意識するのが休肝日。今夜こそ酒を抜こう。そう思っていても、つい誘惑に負けてしまう。飲まない日を設けることは、アルコール依存を避けるためには欠かせない。アルコール依存症と確定したら毎日を休肝日にし続けなければなりません。
 酒量のコントロールには薬の活用も選択肢になる。脳の中枢神経に働きかけて飲酒欲求を抑えることで断酒継続を補助する薬とか、飲酒前に服用して飲酒欲求を抑える薬もあるらしい。
 酒量を減らしつつ必要に応じて適量のお酒を飲みたいという人は、休肝日などを通じて酒を控えたい人が対象の減酒外来がお勧め。

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ringo

 僕らがなにかを実現したいと思うとき、一番肝心なことは何なのか。断酒の宣言や断酒を継続しなければ、痩せたい、毎日の運動、アイスクリーム食べない、ダイエット願望などなど、実体や形なき心の想いを、形があることに転換させていくためのスイッチが重要な鍵になっています。
 そして、それは明確な時間の設定じゃないかと思うんです。いいかえれば、今日からとか毎日新たにとかの決め事をしないと、その想いの実現はキビシイですね。
 だから時間の設定さえ上手くできれば、実現に向かって自ずと進んでいくと思うんです。いつか、そのうち、などと枕言葉がついているうちは、その想いは実現に向かうことはありません。

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earth

  若い頃から飲み始めてアルコール依存症になった人の平均寿命は52、3歳と言われています。だいぶ古い記録で現行は何歳なのか判りませんが。
 アルコールを口にに入れると、まず口腔咽頭などのノドから始まって食道、胃、十二指腸などの粘膜が影響を受ける。続いて胃や腸から吸収されたアルコールは血液の流れに乗 って全身の臓器にくまなくまわって、各臓器の細胞に複雑なメカニズムを経て障害を引き起こしていきます。さらにアルコールを分解する過程で出来るアセトアルデヒドという物質も、細胞への強い毒性を持っているそうです。
 もし飲酒が時々であって量も少なければ、身体への悪影響は見過ごされるかもしれないけれど、常習飲酒家、平均で3合以上の酒を5年以上続けているような場合、身体各臓器への影響は無視できなくなってきてアルコール依存症ともなれば肝臓を代表とする各臓器に障害を引き起こし、いずれは命を落とすことになります。
 最近では60歳や70歳代からアルコール依存症になる例も増えて、アルコール依存症の平均寿命は分かりづらくなっているようです。

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2002

 アルコールは毒なのか意外に分かりにくい。たとえば仕事のあとは毎日、家で晩酌するのが楽しみで毎日欠かさず飲むという人もいれば、夕方に取りあえず1軒、週1回は午前様もありという人もいます。
 そういう毎日の生活の中で、どこからが不適切な飲酒と言えるのか。さらにはアルコール依存症やその予備軍を心配しなければならないのはどの程度からなのか。
 酒を飲むことで問題が起きている、本人も飲まない方がいいと分かっているのに止められず、問題が続いている状態が危ないと言われています。自分はそこまではと思う人も多いだろうが、じつはアルコール依存症に片足をつっこんでいるのです。症状が少しずつ連続的に進むのが不適切な飲酒の特徴。
 機会飲酒、習慣飲酒から常用量依存に。依存が進むと強迫飲酒の段階となり飲む時間と場所のTPOをわきまえなくなります、そして最終段階が連続飲酒になります。
 重要なポイントは習慣飲酒と強迫飲酒の境目。そこには正常かアル依かの明確な境界があるようでいて、実はなだらかなグレーゾーンが広がっています。毎日のくりかえしで徐々にお酒に耐性ができる。脳はアルコールが入ってる状態に順応してしまい、アルコールから醒めると以前より不安が増し、緊張が高まってしまう。それを解消しようと、飲酒の欲求が高まってきます。そこら辺がグレーゾーンからアル依への境目なんでしょうね。

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neko

 精神的に脆いということがアルコール依存症依になりやすいという訳ではありませんが、その治療ではこの精神面の弱さが悪影響を及ぼす場合があるようです。治療のためには断酒が必須条件。そして、これくらいなら飲んでも問題はないだろうと考えてしまう人こそ、依存症に打ち勝つことは厳しいと言うことです。
 お酒を断つ苦しみから、くじけて酒に逃避する人も多いです、精神的なタフさはある程度必要です。くじけない心が断酒には必要です。

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mati

 以前は慢性アルコール中毒と呼び、略してアル中。また、本人の意志が弱く道徳観念や人間性が欠けているからだと決めつけて済ます傾向にありました。
 僕がアルコール依存症になった時期には、医学的に精神疾患の一つとしての薬物依存症と同じように病気として扱われるようにはなっていましたが、あまり一般認識されていませんでした。アル中、イコール意志が弱いというイメージがあります。
 ナゼ、さまざまな問題が自分を中心として起こっているのに、たくさんのアルコールを飲んでしまうのでしょうか、減らすことができないのでしょうか。
 長年の飲酒の累積効果により、脳の神経細胞に変化が起こり、飲酒量のコントロールが効かなくなってしまうからといわれてます。アルコールが一口でも身体に入ると脳の飲酒欲求の回路にスイッチが入り、その人の意思を超えて脳が酒を要求するようになる。これがアルコール依存症の本質です。

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air

 農薬、放射能、水銀、アスベストなどは一度その害が判明したら、二度と近づいたり口にする人はいいません。だけどアルコールや煙草は害だと分かっても、なかなか止めないで依存症までいってしまう場合が多々あります。
 ご存知とは思いますが、アルコール依存症からの病気としては機能障害と臓器障害に分かれます。心と体が蝕まれていきます。最終的には精神が崩壊する、もしくは癌で死ぬ。
 生きることは選択の連続です、今の自分は過去の選択や決断の結果。そして、これからも分かれ道に遭遇するだろうけれど、左右選びながら生きていくんでしょう。飲もうか飲むまいかと思うことが一生ついて回るわけです。
 生きたいのなら、自分が選べるのは断酒の道しかないのです。迷ったときに、この選択がいつでもできる事が大事です。

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lupin

 お店を出たところまでは覚えているけれど、その後の記憶がない、気がついたら家で寝ていた。メガネが割れているのはいったいどうしてだろうなど、何をしたのか記憶がないのは忘れてしまったからではなくて、覚えられなかったから。酔って記憶をなくすことをブラックアウトと呼びますが、飲酒中のブラックアウト状態の時でも、大抵の人は普通に反応して話をしたりしています。
 理性をつかさどる前頭葉にアルコールが作用していますから、抑制が外れて行動の規範がやや低下してはいますが、一瞬一瞬の判断はそれなりに下しているのですね、ただし海馬がアルコールで麻痺しているために、それを記憶することができないんです。2分前のことならば覚えていられても、20分前のこととなるともう覚えていることができないと言う事です。そして飲みすぎによる肝障害やカラダの病気とか、飲酒生活の期間や長さとも関係なく起きるそうです。
 つまり人生初の飲酒でも起き、何年も飲み続けた後でも起きるのです。最初にブラックアウトを経験したときは、そのことに驚き、これはマズイ状態と気づいて自分の飲酒のパターンを変えた人はよいのだけど、そのまま変えなかった人はやがてダメージが積み重なって海馬が萎縮してアルコール依存症に陥ってしまうのです。
 病的酩酊を除けば、血中アルコール濃度が急激に上昇した場合に起きることがわかっています。そもそも酔うとは、脳がアルコールで麻痺することだから、酔いの深さは脳内のアルコール濃度に比例するはずです。しかし、脳内のアルコール濃度を直接測ることはできないので、血液のアルコール濃度、すなわち血中アルコール濃度を測ることで酔いの深さを見ることになっています。
 それでは血中アルコール濃度がどのくらいになれば、ブラックアウトするのでしょうか。酔いはアルコール量が増えるにつれて爽快期、ほろ酔い期、酩酊期、泥酔期、昏睡期と深くなっていきます。血中濃度が0.31~0.40の泥酔期に達すると、海馬が麻痺してブラックアウトを起こします。
 お酒の量でいうと、個人差はあるけれどビールなら中瓶3~10本、日本酒なら、ウイスキーならボトル1/4~1本。ただし体調や飲むペース、相当個人差があるということ。

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hands

 この20年で喫煙に対する社会意識がどれだけ変わったか、歩きタバコもほとんど見なくなりました。飲酒運転だって激減しています。
 セクハラやパワハラに対する啓発が急ペースで進んでいます。だから、飲酒をめぐる環境やアルコール依存症への受け止め方についても、日本の社会が大きく変わることは十分にあり得るんじゃないかと思います。精神科に通院しているところを見られたら恥ずかしいという意識が変わるかもしれませんね。

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yel

 久里浜アルコール症センターで2009年にアルコール依存症と診断されました。そして入院治療することに。当時の各種プログラムを受け主治医とも話合い、自分でも解決策を考えながら試行錯誤を繰り返しました。本当にやめられると思ったのは退院後、1年ぐらい経ってからだったと思います。
 ストレスを紛らわすためにアルコールに逃げたのが一番の敗因、楽な方に逃げる。今でも辛いとか痛いとかをストレスという言葉に置き換えてそこに逃げる性格は変わりません。
 なんとか、酒を飲まないことにストレスは感じなくなりました。ありがとう御座います。
 
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huji

 精神的に脆いということがアルコール依存症依になりやすいという訳ではありませんが、その治療ではこの精神面の弱さが悪影響を及ぼす場合があるようですよ。
 アルコール依存症を治すためには断酒が必須条件です。そして、これくらいなら飲んでも問題はないだろうと考えてしまう人こそ、依存症に打ち勝つことは厳しいと言うことですね。
 お酒を断つ苦しみから、繰り返してお酒に逃避する人もいますので、精神的なタフさはある程度必要です。くじけない心が断酒しなければならない治療に際して最も大切な役目をになうんです。

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jack Daniel's

 結論を先に言ってしまえば、人間その気になれば何でもできる。追い込まれればどうにかしようとする。そしてどうにかなる。これに尽きる。むしろ50くらいのオッさんなら、どうにかできる度合いは意外と大きい。
 そんな激励のメッセージを「自分には無理なんじゃないか」と思っている同士へ送りたい。この投稿で「自分もちょっとチャレンジしてみようかな」と思う人がひとりでも生まれたら、とても嬉しい。

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sakura

アルコール依存症になるかならないかは、飲み始めてからの累積飲酒量と体質によって決まってるらしいのです。一升の日本酒を20年とか晩酌していても、何も問題がない単なる大酒飲みですんじゃう人もいれば、飲み始めてわずか半年でなってしまった若い女性もいたりと、かなり個人差はあるのですが、目安としては1日につき3合以上の日本酒を10~15年続けた場合の飲酒量と言われていますね。
 飲む人ならば、誰でもアルコール依存症の可能性はあるんです。 何で色々な問題が起こっているのに、たくさんのアルコールを飲んでしまうのか、飲む量を減らすことができないのでしょうかね
 それは長年の飲酒の累積効果で脳の神経細胞に変化が起こっていて、アルコールが身体に入ると脳の病的な飲酒欲求の回路が起動してしまうからなんですね、自分の意思を超えて脳が酒を要求するようになるのです。これがアルコール依存症の本質です。

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huyu

 一生懸命に生きているつもりですが、とても辛い現実に疲れてしまうことがありますね。現実を変えることって、そんな簡単なことではない、だけど耐えるだけではジリ貧に追い込まれてしまいます。大人は誰かに甘えるわけにはいかないし。心のメインシステムというか脳萎縮を補修してをアップデイトするしかありませんね。その為には断酒の継続しかないのだけれど。
 便利な環境が整っているせいで、ふつうに暮らしていると自分でわざわざ新しい思考をしなくても生きていけるんですね。だって、答えは考えなくても検索すればいいのですから。脳みそに汗をかかなくても生きていける時代なんだよね。
 まぁ頭は使っているのだけれど考えることではなく、悩むことに終始しているように感じる今日この頃です。

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sora

 執着心や怒り、欲求などの強い感情に囚われることがあります。そして、それが人生に大きく関わってくるのです。
 真面目に働いてワーカホリックになるような人ほど依存症になりやすいと言われています。サラリーマンとしてのアイデンティティーを失ったストレスから、65歳定年から1~2年後に久里浜病院のような専門施設に入院する人が増えているとの事。けれども結局、酒をやめられずに自殺、事故死する人が多く、独居中年のケースでは家で吐しゃ物を喉に詰まらせての窒息死や、石油ストーブをつけっ放しにして一酸化炭素中毒死するケースも珍しくありません。この病気の怖さは酒をやめられなければ、死ぬまで飲み続けてしまうことです。

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F500

 人生を豊かにしてくれた酒の素晴らしさには感謝してる。そして一応は卒業しました。一応としたのは断酒してるとは言えアルコール依存症ですから。
 酒を飲みたい気持ちはないし、全く飲まなくても困らないってことに気がついた。まぁそんなものだと気がついたわけ。過去40年はふつうに好きで沢山飲んだから病気になった、でも今は身体が欲していないことに気がついたんだな。今さらだけどね。
 精神科に初めて受診する時は不安ですよね、リラックスして行きましょうって言っても緊張しちゃうのは当然です。
 話したいことや聞きたいことがうまく伝えられない場合が多いから、あらかじめメモに書いておくことをお薦めします。そのままドクターに渡したってOK。一人で受診するのが不安なら家族といっしょに行ければいいですね。

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brue

 セブンイレブンは店名とはちがい24時間営業、コンビニ業界でこの24時間営業をなんとかしようというニュース。歩いていたら土日は休業してるローソンがあってちょいとビックリした。営業しても割に合わないらしい、まして少子化が進み、頼みの綱の深夜のお客さん達、若者世代の人口も減っている。
 深夜のアルバイト店員を確保するのも大変だし、深夜に店員がひとりなのをいいことに、荒っぽい外国人の強盗もちらほら見られる。フランチャイズのオーナーから泣きが入ったって話もある。
 アメリカだってダウンタウン以外はすべて閉店しているのが普通だし、日本だって田舎に行けば、深夜に店はやっていないのが普通。
 住んでる人はそれに慣れているので、何ら不便を感じていないはずだよね。それが24時間営業になれば確かに便利だけど実際はそれで恩恵を被ることはほとんど無い。一時的な欲求は我慢とか辛抱で済ませられることの方が普通は多いのだろうと思うんだけど。
 僕の場合はア症の最盛期には、家から歩いて2分以内にお酒を取り扱ってるコンビニが3件あって、毎日毎夜、毎回同んなじ店で30分おきに酒買いにくるお客はやはり恥ずかしいし、怪しまれるのでセブンイレブン、ファミマ、ローソンのローテンションで順番で買いに行くような小細工をしてた事を思い出した、むなしい努力をしてたんですねぇ。
 今思えばコンビニの営業時間、実は便利と言う名のワガママなのかもしれないと ふと思いました。ア症では我慢できなかったんですよ。

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hands

 お酒を止めてから10年近く、なんとなく飲酒問題によってに苦しめられた過去の記憶が薄れていくのを感じてる。だけど忘れてはならない過去であることも事実。
 アルコール依存症ということを認めたくなかった自分、そんな僕を見放さなかった家族や友。色々な治療や回復へのプロセスから自分らしく断酒の道に生きることの必要性を学んでいったこと。そのプロセスはけっして忘れてはならないと思う。
 アルコール依存症は飲んできた本人やその家族の人生を破滅に導いてしまう恐ろしい病気。飲むことを止めたことで新しい様々な認識を得ることが出来ているのだと思う。そして何年断酒をしても初心忘るべからずと言う言葉、これが肝心。

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ir04

 お酒の飲み過ぎを自覚したとき、意識するのが休肝日ですね。健康診断の結果も気になるし、今夜こそ酒を抜こう。そう思っていても、つい誘惑に負けてしまうことの繰り返し。飲まない日を設けることはアルコール依存を避けるために欠かせないことだけど、実行するのは相当難しい。
 夜に1人で飲むのは時間の無駄と考えると。1日3時間で月60時間、1年で720時間。飲酒のせいで時間が足りなくて出来なかったこと。色々なことが出来ますね。
 休肝日を実践するには、複数の行動を一緒にとるとより効果的との助言があります。一日の仕事の後や疲れた時に飲酒欲求が高まるのは、情報や刺激にさらされた脳がバランスを取ろうとするため。満腹になって血糖値が上がれば脳の疲れが取れる。渇きを酒で癒やそうとする喉の依存はノンアルコール飲料でごまかすこともできる。
 マッサージや入浴、読書、運動などでも飲みたい気分を紛らせることは可能だ。休肝日はむしろ休脳日。酔っていない日を設け、飲まないときの自分を知る。単なる健康管理を超える意味がありそうです。

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fuji

 酒飲みが鬱陶しいのは、飲めない人とか飲まない人に無理強いをするところですね。自分で飲む分にはかまわないけれど、人にもしつこく進めるのが酔っ払いの鬱陶しいところであり、迷惑な部分です。飲まない人になってから、色々な気付きがある今日この頃です。
 飲酒にまつわる事故でもっとも多いのは、階段や駅のホームからの転落です。JRの集計によると、ホームでの人身傷害事故の60%が酩酊者によるものでした。
 酔って足が千鳥足になるのは、アルコールが脳をマヒさせるから。理性をつかさどる大脳新皮質~運動機能をつかさどる小脳や感情や本能をつかさどる大脳辺縁系~生命機能をつかさどる脳幹へと、外側から内側へ脳をマヒさせていくのです。酔いが進むと判断力や自制心が鈍り、運動機能も低下して転倒・転落事故が起きます。

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ps

 2月も中旬、節分も過ぎたけど春の陽気はまだまだで寒い日が続きます。けっこう流行っていたインフルエンザも山は越したようですがまだ油断はできませんね。東京で天気予報を見てると、雪が降るぞフルゾと散々脅かしといて、朝外を見ると全然雪の気配なんてない日が続きます。
 僕ら世代より上の人たちにとっての幸福な生き方に、一つの仕事を努力し学び、困難に耐え続けて腕を上げ、やがて他人には真似できないほどに熟達して、その腕に対する他人からの尊敬と賞賛、自己の生き方に対する充足感と幸福感を得る職人という生き方がありました。日本ではそうした素晴らしい技術を持った職人というのは尊敬されていた。本当の職人になれば、作ったものはより高く売れ、またそうした職人に学びたいという弟子達が集まり、豊かな生活が出来るような時代がありました。
 そんな予定がバブル時代の終わりとアルコールで心が折れたと言うか、アルコールに逃げたと言うのか、何物にもなれなかった。なんだか空っぽな感じで今がある。

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thy

 心の中にある歪み、窪み、邪悪をさがしてはゴミ袋にまとめて詰め込む作業をしている自分の姿。そんな映像の夢をみた。飲んでいたときの自分の感覚、心の中の歪みをなんとなく思い出してはゴミに出していく作業、うそつきな自分、見られちゃ困る自分を心の中で整理しながら、やはり自分を責めているような。そして過去を後悔して奈落の底にひきずりこまれて行く恐ろしい夢だった、夜中に覚醒したらいやな汗。
 やっかいなのは、他人をひどく傷つけるような大きな嘘や人生に大きなインパクトをもたらす困難という認識もなく、べろんべろんになって倒れるまでアルコールに浸かっていた感覚。
 カラダからエネルギーが漏れていて、自分の魂が宇宙空間を永遠に流れていって宇宙の塵になったようなイメージ。
 久里浜病院に入院するまでは、それらを自覚していても改善する気にもならず、その状態を繰り返していたということ。そんな状態が生きる障害となっていたことを知るに至ったのは、実際にはアルコールを絶って、断酒して1年くらいで心の平安が訪れてから。人として、普通だと自分で思えるようになるには10年かかる。そして10年を油断なく淡々と追い越していければ、何かが待っているのかもしれません。

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orijin

 自分の心の闇から目を反らさず、きちんと昇華させることはとても大切です、一見くるしい作業のようにも思えますが、それこそが心の平安を得るための一番の近道なのかもしれません。
 昇華させると言う難しい言葉は、精神分析学において心に湧きおこる不満や怨恨、劣情などを他のより高尚な対象への情熱にかえることを意味するとのこと。
 精神的に心の弱い人がなってしまうのだと切り捨てるのではなく、何故このような精神疾患を患ったのか、その背景を理解することが自分には一番大事なことで、近しい家族にもわかってもらえると有難いですね。

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koume

 人はアルコールを飲むと脳の機能変化を起こします。機能変化を起こした脳は、元に戻ろうと働くのですが、この際に出る典型的な症状が、吐き気、動悸、冷や汗、手が震えるといったものです。こうした不快な症状が俗に言う禁断症状と呼ばれるものです。アルコール依存症ではこの禁断症状に耐えることができないため、アルコールを終始飲み続けることで、脳が機能変化を起こしっぱなしの状態にあるのです。二日酔いの原因もアセトアルデヒドではなく、こういう事という説も出てきてる。まぁ自分の場合は生涯飲まない約束ですから、脳が機能変化をおこすことはナイと思いますがね。
 イノシシ年ということは平成が終わって秋には60歳だよ、それを急に意識してしまって以来、なんとなく頭から離れないのである。自分でも意外なほどで60歳という思考がしょっちゅう出てくる。つまりは人生の短さに対する慨嘆であり、つまりは残り時間が意外と少ないことに対する焦燥でもありますね。
 60歳以降にも健康であるならば、大抵はまだまだこれからの人生は存在する。そんなことはわかっている。でも、サラリーマンにとって60歳というのは特別な年齢。定年。もうアナタはいりませんよと言われる年。まぁ仕事がサラリーマンであるかどうかは別として、60歳がある種の社会的区切りであることは間違いないからね。今は65歳まで延長雇用になっているけれど、気分は定年ですよね。あとは文字通り余生となるか、まったく新しい仕事をいちから始めるとか、その人次第です。
 本当は楽隠居してゴルフウィドーといきたいところだけど、まぁこのご時世じゃ無理。今の会社は75歳まで使ってくれるようですが、そこまで元気でいられるのかしら、、、。

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simon

 今苦労しておかないと将来後悔することになるよ。今頑張らないと歳を取ってから苦労するわよ。将来のために今頑張らないといけないのよ。人間辛抱が肝心だ。先生や親、大人に言い聞かせられてそだちましたよね。
 そういうのって何歳になったらおわるのでしょうか、人生そうやってずぅっと頑張り続けていくものなのでしょうか。ラクやズルをしたら人生を踏み外していってしまうのでしょうか。なんでお酒を辛抱できなかったのでしょうか。怠け者で辛抱がたりなかったからでしょうか。
 過去にはもどれないし、未来は誰にも予測出来ません。今を納得して生きていくしかありませんね。

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huyu

 飲酒を続けていた頃は、お茶という概念が皆無でした。人と会って話すなら飲む。これが基本でしたからね、世の中にはお茶という文化が存在することを思い出すことができた。
 酒を飲んで沸き起こってきた感情はその時々の空気に左右されていることが多く、よくよく考えてみるとどうでもいいことだった。ただの一時の感情に過ぎず、けっして本心ではないようです。酒をやめてから些細なことで怒らなくなり、安定した精神状態を得られるようになった。愚痴っぽさがなくなり、前向きになった気がしている。顔や名前を覚えるのが苦手で、そういうのを酒のせいにしていた。しかし、酒をやめた今でも、まったく治っていない。
 まぁ酒がない生活は死んだも同然ではないということが分かりました。酒のない人生も、けっして悪くない。酒のない人生を、楽しんでほしい。

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nekob

 情報がこれだけアフれていると、廻りの幸せがたくさん目に入ってくるでしょ。あれもうらやましい、これもうらやましいと煩悩はどんどん増えるいっぽう。日本は平等社会だから、がんばれば手が届いちゃったりする場合があって、色々な羨望がたくさんあって止まらないですね。
 あの時、若い時に勉強を頑張っていればよかったなんて時々考える、今からだって勉強すればなんだってできるハズ、まぁ手遅れだったり出来ない場合が多いですが。
 あのときに戻れるのなら。最初から煙草も吸わないし、お酒だってビール1本とワイン2杯でやめて週2の休肝日は絶対に守りますよ(笑)
 頑張ればもっと幸せになると思うけれど。幸せってのは、きっと足元にあるのだろうし、気づかないだけなんだよね。

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vodka

 アル依を克服するという言い方は間違っていると言っていましたね。いったん依存症になった人は何年酒をやめていようと、それは坂道の途中でボールが止まっているような状態なのだと。頭の中には「飲み出したらやめられない回路」がしっかり組み込まれているから、断酒後何年たっても、一度飲んでしまったら、ボールはごろごろと坂を転げ落ちていく、と言っていましたよ。
 断酒をしているアル依患者は、1杯目を飲まないで我慢することはできるんですよ。でも、もし1杯目を飲んでしまったあとに2杯目を我慢することは、絶対にできないと言われています。酒を止めてみようかと悩んでいるのなら、もし出来るのであれば何とかして1週間頑張ってみる。そして酔っていない日の感覚、飲まないときの自分を知る。単なる健康管理を超える意味がありそうです。

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goif

 明けましておめでとうございます。今年の目標は何々、まぁ色々あるけれど一番の希望はお腹廻りのダイエットかしら。
 決断とは案外とカンタンでつまり決断そのものは気分を良くしてくれるもの。だから今までどれだけの決断をしてきたことか、新年から勉強しよう、今年こそ仕事をやっつけよう、断酒をしよう、ダイエットをしよう、断捨離しよう、けっこう思い当たるでしょ。決めることは愉しくて昂揚感に浸れるものですよね。なんだか、その決断で今後に期待が持てるような感じになれるからね。決断するだけなら簡単ですからね。
 その決断の結果がでないのは何故なのかしら。未来のことに対してとか、これからしようとすることに対しては、いっぱいの決断をするけれど。今、目の前ことを決断するのは、先延ばしに回避、保留してしまうんだよね。だから基本は今を決めるのは苦手。だから先送り、人任せ、そして誰かの言われるままに流されることが多いわけだね。まぁ1本すじを通していることは断酒継続なんだけどね。

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cub

 世の中には酒は百薬の長という名文句があって、ある程度の量の飲酒は身体に良いと信じられている節があります。あるいは適量を守るという習慣を勧める向きもあります。多量飲酒とは区別して、1日20グラムまでの節度ある適度な飲酒とされています。ところが、この適量というのがなかなか曲者です。
 まず、適量という言い方を、程好く酔うという印象で捉えている人がいないでしょうか? 僕らに言わせればビールの大瓶の2~3本は準備体操くらいの感じですよね。けれども、医学的な適量とは、ビールであれば中ビン1本、日本酒は1合、25%焼酎100mlまでです。
 適量でも毎日飲み続けていると、精神的な依存が始まることです。いわば、お酒がないと口さびしく、禁断症状は出ませんが、気がつくとお酒を口にしている状態です。だんだんと身体的な依存が進み、本格的なアルコール乱用やアルコール依存に陥ることになります。
 お勧めした飲み方は1日飲んだら次の日は休むという方法です。つまり飲む日を隔日とすることです。だからと言って、飲む日は思い切り飲んで、正体がなくなるようでは元も子もありません。
 そもそも飲んでそのまま記憶がないというのは要注意のサインです。その上で、1日60グラムを越えないくらいにコントルールするようにしましょう。決めた日に、お酒を飲まずに普通に過ごせるのであれば大丈夫です。
 このルールが守ることが出来ないのであれば、既に依存の傾向が出ているかもしれないと考えましょう。そして、飲酒の代わりになる楽しみを見つけて、それでお酒の欲求をコントロールすることをお勧めしたいと思います。夜にランニングとかね(笑)

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queen

 病的な飲酒が始まった時点で、自分にとって何が大切かという基本的な価値観がすでに変化していただろうし、意識しないうちに本来は人が生きる上で大切にすべきものが自分の中で価値を失い、やがては酒が全てに優先するようになっていた、アルコールが生活の中心になってくると、心のどこかでこのままではまずいと感じながらも、軌道修正が困難になって健康な判断力が働かなくなっていました。
 そして、明らかに体にも現れてくる。酒が抜けると手が震えたり大量に汗をかいたり、眠れなくなったりする。この段階になって初めて、アルコール依存症と診断されるたわけで、実際に病気はそれ以前から進行していたわけですね。年の瀬に少し考察してみました。

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neko

 飲酒への強迫的な欲求、精神依存のために、飲み始めると止まらない、酔いつぶれるまで飲んでしまう、だらだらと長い時間飲んでしまう。などお酒を飲みだすとお酒に飲まれてしまうようになります。つまり自らの意思でコントロールして飲酒することができなくなります。
 さらに進行すると常に体内にアルコールを維持するために、数時間おきに飲酒を続ける連続飲酒という状態に至ります。連続飲酒は3日程度から数ヶ月続くことがあります。多くの依存症者がこの状態を経験しており、依存症の特徴的な症状のひとつと言えます。
 留意すべき点はたとえ何年、何十年ものあいだ断酒を続けていても、少しでも飲酒を再開すると、すぐにコントロールできない飲酒に戻ってしまうことです。依存症になるまでの長年のアルコール曝露により脳機能に不可逆的な変化が生じたためと考えられます。たくわんが元の大根に戻ることがないように、スルメがイカに戻ることがないように、依存症になると病前のように適量でお酒と付き合うことができなくなります。そのため依存症に陥ると、生涯にわたって断酒を継続することが必要となります。

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heian

 私たちの人生にはときとして予期せぬ事件や事故、また病気などとの巡り合わせがあります。自分はアルコール依存症になってしまいました。
 なぜ自分?とその理不尽さに頭が真っ白になり、そこからどのように人生を立て直していってよいかまったくわからず、しばし人生が止まってしまうような感覚に襲われることもありました。しかし、人間は辛い事、病気や過ちから多くを学び成長できることも事実であることを思い出してください。
 怒りが湧いてきたときは、過去やネガティブな事象に過度のエネルギーを注いでいる自分に気づき、その注意を、身の回りに起こっている好ましいことやありがたいことに向け直すことが有効のようです。怒りの種にただ水やりをせず、安らぎの種に水やりをしてみてください。時と共に平安がもどってくるはずです。

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sazae

 この秋で59歳になりました、久里浜の病院を退院したときは49歳60kg。だったのに還暦入りまじか、浪平さんより年上、まじかよぉ~。何となく時代にキャッチアップできなくなっていく年齢ですね、身長168cm体重72kgで10キロ多い、最近疲れます、小太りと呼ばれます。
 12月も半ばを過ぎて、後は転がるように年末年始に突入するような気分、ああ、今年も残り2週間、どんなふうに過ごすことになるのかしらと、まるで人ごとのように思う今日この頃です。
 大量の飲酒したときの何時間か、ある時間帯の記憶が全くないとか、どうやって家まで帰ったかと不思議に思うことってあるでしょぅ。これはアルコール依存症でなくても起こり得るし、病気がかなり進行して初めて生じることもあります。
 これから忘年会という方もほどほどにしないと、酔っぱらってお財布なんか失くしたら目も当てられない年の瀬ってことになりますから。
 
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no

 さすがに東京も冷え込みが強くなってきました、かわす挨拶も寒いですねから始まります。
 アルコール依存症、飲むことを一生我慢することは過酷です。そして飲酒によって起こる問題を理解しているつもりでも、依存症であることを完全に認めることは、今までの人生を否定することになるので、気持ちを整理する時間が必要だと思います。
 治療していく流れの中で、人とのかかわりが大切であることや、謙虚さや感謝の気持ちを持って自分を変えていくこと、そして自分のためだけでなく、廻りの人や社会のために生きていくことに価値を見出すことといった、行動や考え方を変えることが重要で、そこに気づくことが出来れば断酒は成功するハズ。そこが秘訣です。

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ayuiq

 何杯までが正常な飲酒なのか、どこからがいわゆるアルコール依存症なのか。どれくらい飲むとか、飲めるかは聞けば人それぞれの答えがあって、飲めるときは毎日飲むという人もけっこう多い。飲み会とかでは酔っ払いでも、家では全く飲まないという人もいるし。奥が深いというか不思議だよね。
 毎日お酒を欠かせない人はふつうに沢山いるし、飲み過ぎは問題だということは分かっていますよね。日々大量のお酒を飲み続けると、アルコール依存症になることは何となく知っている。しかし実際のところ、どのくらいの酒量だと問題になり、どこからアルコール依存症を心配しなければならないのかと問われると、わかりませんよね。

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