アルコール依存症日記 2009久里浜の夏から

久里浜アルコール症センター 東6病棟492期 since2009年9月12日

2019年02月

nite

 嬉しい言葉を絶妙なタイミングでかけてくれる人っているよね。どうして心の中わかるんだろうってとても不思議だけど、ひとつ言えることはそれだけ見守ってくれてるってことかしら。辛いときや、悲しい気持ちのとき、そんな感じでそばにいてくれたら、そんな人がいたら幸せです。肩に背負った人生の重たい塊、心の中に溜め込んだネガティブな荷物。誰だって降ろしたいですからね。
 精神が崩壊しそうなほど辛くて自分が折れてしまいそうな時。SOSを出すことは大切なことです。でも、それを出すタイミングとかの見極めが難しいのです。
 まだ頑張るのか、もう無理なのか。休息なのか、甘えなのか。あるいはどちらもあるのか。他者に非があるのか、自分に非があるのか。まぁそういうことをニュートラルに把握できない自分がもどかしいこともあります。
 自分の生き方に正解はないし、どう生きるかは人それぞれだけど。まあ、逃げてみたところで行った先々でもれなく試練が待っていますからね。どこまでいっても自分の道は自分で切り拓いていくしかないのだ、ということを過去の記憶からヒシヒシと思い起こすこの頃であります。

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nasa

 真面目で勤勉な人ほどストレスを我慢してしまうため、幸せ感が少ないと言われています。日頃から我慢に我慢を重ねて無理をしているので、ある日、予期せぬ形で、病気や疲労感、不安感や無力感に襲われることがあります。
 まぁ自分の気持ちに素直になるのが下手で、心の奥に抑圧した気持ちを抱えていたら。それはときとして、怒りや不満として現れ、無意識なうちに周囲に伝わってしまいます。結果的に、図らずも周りにいる人との関係を悪化させてしまいがちですね。
 人生が好転するためには、自分ファーストに生きることが肝要です。つまり、自分を愛し大切にし、心のニーズを満たしてあげることです。

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h2

 2月も後半、庭が明るくなる時間が日々早くなっています。外に出ると朝の雨にもぬるい感じが、うまく表現できないけれど、ちょっとだけ重く温かい感じがした。低く流れる空気にも温の匂いがする。3月に向かうこの季節、春が動き始めた感じ、我が家の庭の草木たちはぐんぐん伸びている。自然の力ってすごいなあ。
 桜の開花だってあと少し、平成12年の唄のヒット以来有名になった田園調布さくら坂。訪れる恋人たちは 赤い欄干の陸橋の上で記念写真を撮ってます、車のデートコースになってます。近所の散歩コースなので開花が楽しみではある。
 人間っていろんなことをして生きているんだなぁ~という、あたりまえの、ごく普通のことなんだけど頭にうちょいと浮かんだ。当たり前だけど、ボクがまったく興味ない部分とかに一生をかけてる人がたくさんいて、もしかしたらそれにボクは一生気づかず人生を終えるんだなって。
 そういう自分では気がつかない分野の完成度の高さが回り回ってみんなの人生をどこかで豊かにしてくれているのだな。
 今日も世界中でいろんなことが行われているのだけど、それが回り回って僕らにも影響しているのだなぁ~

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oe

 自分の心の中、感情、気持ち、やる気などをベクトルで見てみると、僕ら凡人ってのはかなり限られたキャパシティーしかないようです。
 スケジュール的にちょっとでも忙しかったり、日々のいろんな雑事のカオスのなかでいろいろあると、次から次に対応するために、悩み事や考え事ができない状態になる。
 つまり心のキャパっていうのは、自己防衛的に限られている。心が壊れないようにだと思うけど。平常心で、いろいろと考察をしたり、文章を書いたり、そんな事ができるのはやはり心のキャパに少しでも余裕の隙間がある時なんだよね。 心に余裕の隙間が多ければ多いほど、平安で安心な日々が続いて行くのでしょうね、、、、、。

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den

 ぼぉ~としてると2月が終わってしまう。毎年感じるけど、正月から桜の季節までの時の流れの速さに感嘆することしきり。まぁ日々やる事が多く充実しているとも考えられるけど。
 生きて行くうえで、勝負の分かれ目というのは最後のひと頑張りなんだと思う。運も実力のうちというけど、分岐点で右か左かの選択は自分次第なのだ、そこで頑張るしかないのだ。自分の詰めの甘さに目をつぶり運の悪さのせいするのなら、努力して頑張って成功している人を羨む資格なんてないのだ。
 出来ない試練は与えないと言われるから神様は必ず応えてくれるのだろう。それが叶わないなら厳しいけれど努力が足りないのだ。もう頑張れない、もうだめだって思ってから2回はできる、腹筋や腕立て伏せだって。そういうのを、それをやろうとするかどうかがその人の資質なんだと思う。

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ymo

 2月も下旬になると気持ちはすっかり春の気分。まだ寒かろうと、風が冷たかろうと気持ちは先へ先へと進んでいます。
 まぁ何をするにしても自分に変化を起こすことは難しい。かつては後先考えずに色々なことをやってしまったわけだけど、それがいいか悪いかは置いておいて変化することが年々難しくなってきてるような気がしてます。加齢なる逃げ、思い込みも多分にあると思うのですが難しいです、本当に。
 むかしの成功体験を強く持っている、そういうのを守って頑固、意固地、自己中が抜けないと変わることは出来そうもないのは分かっている。周囲の空気を肌感覚でわかっていく努力も必要なんでしょうね。
 それでも自信を失う必要はありません。自分で考えることなんて限界だらけ、視点をガラリと変えて自分の常識なんて捨てればいいのです。言うは易く行なうは難しい。

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hands

 お酒を止めてから10年近く、なんとなく飲酒問題によってに苦しめられた過去の記憶が薄れていくのを感じてる。だけど忘れてはならない過去であることも事実。
 アルコール依存症ということを認めたくなかった自分、そんな僕を見放さなかった家族や友。色々な治療や回復へのプロセスから自分らしく断酒の道に生きることの必要性を学んでいったこと。そのプロセスはけっして忘れてはならないと思う。
 アルコール依存症は飲んできた本人やその家族の人生を破滅に導いてしまう恐ろしい病気。飲むことを止めたことで新しい様々な認識を得ることが出来ているのだと思う。そして何年断酒をしても初心忘るべからずと言う言葉、これが肝心。

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ir04

 お酒の飲み過ぎを自覚したとき、意識するのが休肝日ですね。健康診断の結果も気になるし、今夜こそ酒を抜こう。そう思っていても、つい誘惑に負けてしまうことの繰り返し。飲まない日を設けることはアルコール依存を避けるために欠かせないことだけど、実行するのは相当難しい。
 夜に1人で飲むのは時間の無駄と考えると。1日3時間で月60時間、1年で720時間。飲酒のせいで時間が足りなくて出来なかったこと。色々なことが出来ますね。
 休肝日を実践するには、複数の行動を一緒にとるとより効果的との助言があります。一日の仕事の後や疲れた時に飲酒欲求が高まるのは、情報や刺激にさらされた脳がバランスを取ろうとするため。満腹になって血糖値が上がれば脳の疲れが取れる。渇きを酒で癒やそうとする喉の依存はノンアルコール飲料でごまかすこともできる。
 マッサージや入浴、読書、運動などでも飲みたい気分を紛らせることは可能だ。休肝日はむしろ休脳日。酔っていない日を設け、飲まないときの自分を知る。単なる健康管理を超える意味がありそうです。

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miniEV

 睡眠は大切だと分かっていても頭のなかで思考がグルグルとまわって寝つけない、興奮してしまって眠れないときというのは誰しも経験することですね。でも、眠れないからといってふとんから出てカラダを起こしてしまうのは実はとてももったいないことなのだそうです。
 カラダを横にして重力を分散するだけで、カラダに対する休息や癒し作用は充分にあるようです。今夜も眠れそうにないなぁ~とモヤモヤしないで。重力を分散しただけでもカラダは充分に休まるのだという意識を持って夜を過ごすようにしましょう。とは言っても睡眠導入剤に依存してしまっているわたくしですが。

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アタル-1024x576

 人と会う、対面したときとか。ちょっと時間があればじっくりと、気づかれないよう観察する癖がついてしまった。まぁ偉そうなんだけどね。うっすらと見えてしまう時があるのです。
 人の性格とか考え方とか生き方とか、やはり身体に現れるものなのだなって思う。たぶんそれまでの人生の中で経験してきたことは、年輪のように刻まれてその人の顔の表情や身体つきを作るものなのだ。特に目付きと姿勢。どんなに着飾っても化粧しても、隠したりごまかすことは出来なくて、滲み出る。男性・女性・年齢・属性は全く関係ない、その人のオ~ラのようなもの。高いとか低いとか貴賎ではなく、人は誰でもオリジナルの形があるのだ。
 杉咲花ちゃんは知り合いのお孫さん。その杉咲花が演じる派遣社員・アタルが、他人のあらゆるものが見える能力を駆使して同僚たちの悩みを解消していくお仕事コメディー。なんだか僕に見えているものを体現しているようなドラマですよ。

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u

 平成31年という数字も2019年も、やっと書くのに慣れてきた。ですが平成31年も残り僅か。さて、どのような年号になるかしら。
 あたり前のことに感謝する、そういうの普段から意識していませんよね。あたり前のことに感謝するときは、きっと、何かを失ってから本当の有り難さに気づくのではないでしょうか。
 相方はもちろんですが、高齢の母がいます。ふだん家族は居て当たり前だけど、実際に失って初めて気づくとか。
 普段からその有り難さをもっと感じていればよかった、と後悔するかもしれません。ふだんから感謝を表さなくてはいけませんね。そして口に出して感謝することが大切。
 まぁそんな後悔を乗り越えて今の自分があることに感謝したいと思います。

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fuji

 酒飲みが鬱陶しいのは、飲めない人とか飲まない人に無理強いをするところですね。自分で飲む分にはかまわないけれど、人にもしつこく進めるのが酔っ払いの鬱陶しいところであり、迷惑な部分です。飲まない人になってから、色々な気付きがある今日この頃です。
 飲酒にまつわる事故でもっとも多いのは、階段や駅のホームからの転落です。JRの集計によると、ホームでの人身傷害事故の60%が酩酊者によるものでした。
 酔って足が千鳥足になるのは、アルコールが脳をマヒさせるから。理性をつかさどる大脳新皮質~運動機能をつかさどる小脳や感情や本能をつかさどる大脳辺縁系~生命機能をつかさどる脳幹へと、外側から内側へ脳をマヒさせていくのです。酔いが進むと判断力や自制心が鈍り、運動機能も低下して転倒・転落事故が起きます。

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ps

 2月も中旬、節分も過ぎたけど春の陽気はまだまだで寒い日が続きます。けっこう流行っていたインフルエンザも山は越したようですがまだ油断はできませんね。東京で天気予報を見てると、雪が降るぞフルゾと散々脅かしといて、朝外を見ると全然雪の気配なんてない日が続きます。
 僕ら世代より上の人たちにとっての幸福な生き方に、一つの仕事を努力し学び、困難に耐え続けて腕を上げ、やがて他人には真似できないほどに熟達して、その腕に対する他人からの尊敬と賞賛、自己の生き方に対する充足感と幸福感を得る職人という生き方がありました。日本ではそうした素晴らしい技術を持った職人というのは尊敬されていた。本当の職人になれば、作ったものはより高く売れ、またそうした職人に学びたいという弟子達が集まり、豊かな生活が出来るような時代がありました。
 そんな予定がバブル時代の終わりとアルコールで心が折れたと言うか、アルコールに逃げたと言うのか、何物にもなれなかった。なんだか空っぽな感じで今がある。

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fuji

 来年からは心を入れ換えて頑張ろうなんて12月に考えていたけれど、もう2月。何かを始めるにあたって、きっかけが欲しいというのはすごく納得だけど、気持ちを切り替えるふんぎりが欲しいだけなんだよね。寒くて全く動いていないのでカラダが固まって、腰を中心に痛みとシビレが蔓延してる。ストレッチ、有酸素運動、筋トレ、、、、。
 自身のココロとカラダの声を聞き、今の自分に本当に必要なものを選んで、うまく思考・感性・感覚・予感・直感とかを磨いて色々なことがうまくいけばいいなぁ~
 福はうち鬼はそとっていうけれど、僕の場合、脳の中に閉じ込められた鬼が外に出ないようにしないと。

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thy

 心の中にある歪み、窪み、邪悪をさがしてはゴミ袋にまとめて詰め込む作業をしている自分の姿。そんな映像の夢をみた。飲んでいたときの自分の感覚、心の中の歪みをなんとなく思い出してはゴミに出していく作業、うそつきな自分、見られちゃ困る自分を心の中で整理しながら、やはり自分を責めているような。そして過去を後悔して奈落の底にひきずりこまれて行く恐ろしい夢だった、夜中に覚醒したらいやな汗。
 やっかいなのは、他人をひどく傷つけるような大きな嘘や人生に大きなインパクトをもたらす困難という認識もなく、べろんべろんになって倒れるまでアルコールに浸かっていた感覚。
 カラダからエネルギーが漏れていて、自分の魂が宇宙空間を永遠に流れていって宇宙の塵になったようなイメージ。
 久里浜病院に入院するまでは、それらを自覚していても改善する気にもならず、その状態を繰り返していたということ。そんな状態が生きる障害となっていたことを知るに至ったのは、実際にはアルコールを絶って、断酒して1年くらいで心の平安が訪れてから。人として、普通だと自分で思えるようになるには10年かかる。そして10年を油断なく淡々と追い越していければ、何かが待っているのかもしれません。

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orijin

 自分の心の闇から目を反らさず、きちんと昇華させることはとても大切です、一見くるしい作業のようにも思えますが、それこそが心の平安を得るための一番の近道なのかもしれません。
 昇華させると言う難しい言葉は、精神分析学において心に湧きおこる不満や怨恨、劣情などを他のより高尚な対象への情熱にかえることを意味するとのこと。
 精神的に心の弱い人がなってしまうのだと切り捨てるのではなく、何故このような精神疾患を患ったのか、その背景を理解することが自分には一番大事なことで、近しい家族にもわかってもらえると有難いですね。

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koume

 人はアルコールを飲むと脳の機能変化を起こします。機能変化を起こした脳は、元に戻ろうと働くのですが、この際に出る典型的な症状が、吐き気、動悸、冷や汗、手が震えるといったものです。こうした不快な症状が俗に言う禁断症状と呼ばれるものです。アルコール依存症ではこの禁断症状に耐えることができないため、アルコールを終始飲み続けることで、脳が機能変化を起こしっぱなしの状態にあるのです。二日酔いの原因もアセトアルデヒドではなく、こういう事という説も出てきてる。まぁ自分の場合は生涯飲まない約束ですから、脳が機能変化をおこすことはナイと思いますがね。
 イノシシ年ということは平成が終わって秋には60歳だよ、それを急に意識してしまって以来、なんとなく頭から離れないのである。自分でも意外なほどで60歳という思考がしょっちゅう出てくる。つまりは人生の短さに対する慨嘆であり、つまりは残り時間が意外と少ないことに対する焦燥でもありますね。
 60歳以降にも健康であるならば、大抵はまだまだこれからの人生は存在する。そんなことはわかっている。でも、サラリーマンにとって60歳というのは特別な年齢。定年。もうアナタはいりませんよと言われる年。まぁ仕事がサラリーマンであるかどうかは別として、60歳がある種の社会的区切りであることは間違いないからね。今は65歳まで延長雇用になっているけれど、気分は定年ですよね。あとは文字通り余生となるか、まったく新しい仕事をいちから始めるとか、その人次第です。
 本当は楽隠居してゴルフウィドーといきたいところだけど、まぁこのご時世じゃ無理。今の会社は75歳まで使ってくれるようですが、そこまで元気でいられるのかしら、、、。

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hua

 目をつむって自分の身体を観察してみてください。呼吸が浅くなっていないか、背中がこわばっていないか、肩に力が入りすぎていないか。肩にどれくらい力が入っているか、胃腸に違和感はないか、姿勢が崩れていないか。特に身体を観察してみて驚くのは、体の中にはいつもどこか痛みや痺れや気持ち悪さというものがあり、それが絶えず現れたり消えたりしていることです。
 焦りや不安で精神状態が悪いときというのは、必ず身体のどこか痛み等々が出ています。そして、その兆候を、実際に症状が出る前に感じ取れるようになると不思議なことに、目をつむって観察しているだけで調子が崩れにくくなり、好不調のブレがなくなり、気分も底上げされてくるんです。
 それは、自分の調子をモニタリングすることによって不安が軽減されるますから。調子の悪いときというのは、調子の悪い自分を今の実力だと思い込んでしまいがちです。自分で自分を観察する。5m上空から自分を俯瞰できるようになれば上級者です。

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