アルコール依存症日記 2009久里浜の夏から

久里浜アルコール症センター 東6病棟492期 Shall we 断酒

2011年02月

 確かに菅直人首相のリーダーシップが欠如していることは言うまでもないし。 自民党だって現在の支持率は民主党と同じかそれ以下、それなのに批判ばかりする。目くそ鼻くそを笑う、といった状況か(笑)

 国民不在だと思うし、現代の日本国民は無関心でアラブや中東のように熱くなれないし、中国人や韓国人ともぜんぜんちがうしね。 まぁ国会議員の国会議員による国会議員のための政治になっているのだな。与党が議長権を握り、リーダーシップをとって法案や予算が成立するようにすべての党が協力できないものなのでしょうかね? その上での議論なら納得も行くが、「初めに反対ありき」では国会を見ていてもレベルが低いと感じるし、いつの時代でもおなじか、、、、まぁ、政治ねたは、都知事選挙もあるし面白そうではあるね (゚ω゚) ぃょぅ!

 こう温かいと春にむかって、そして未来に向かって希望が湧いてきそうって感じ。

 色々なものに興味を持って、向上心を刺激しよう。そうすれば長い間続けて打ち込めるものに、出会えるかもしれないし、自分の長所を生かして、生涯取り組めそうなことに出会えるかもしない。 うん(笑)

koakuma 生涯ついて廻るアルコール依存症には、そう言うものが必要なんだよね。

 かわいい悪魔てきなものでも、いいね!  春一番のあと週明けは雨で寒くなるのね。

 春一番って徐々に盛り上げて満を持して来ることはほとんどなくて、ある日突然にやってくることが多い気がする。

 今シーズンは全国的には大雪で大変だったみたいだけれど、関東地方の冬は寒い寒いと言いつつ、まぁ北海道や北の人たちに言わせれば甘っちょろいのだろうけれど 腰痛で足先までしびれて、冷水に足をひたしてる感覚・状態ではボク的には辛い冬だった。この足先の冷え感覚は人生で初めての体験で、女性が冷え性で辛い感覚がやっと理解できたです<涙>

 子供の頃の冬って、もっと寒かったような記憶だけど、半ズボンのせいかな、そういえば横チン出てたっけ(笑)

 たしかにすごい地震だった。それにしてもレンガ造りの建物が崩れたのは仕方ないが、あの語学学校の建物は手抜き工事だったのではないかと思うよね。 だって映像見てると他のビルはそんなに壊れていないから。それとも1960年代の建築ならば仕方ないのか・・

 普通に考えるとあの壊れ方で数日がたち生き残っている方が奇跡である。しかし一人でも二人でも奇跡が生まれないかと祈るばかりです。

 下の写真はこの17日にシリコンバレーで行われた懇談の様子である。 ジョブズ、オバマ、ザッカーバーグの並びは鼻血もの。なんという眩しく刺激的なことであることか。
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 まぁオタクな人にとっては、ツイッター、グーグル、ヤフーなども含めて「席順が実に趣深い」(写真クリックして拡大してね)ということになるのだが、やっぱりオバマの横は「アップル」と「フェイスブック」なんだなぁ。ジョブズは経歴から言っても当然だが、マーク・ザッカーバーグがすごすぎるよね。

 ザッカーバーグは1984年生まれ。
ボクが社会人になったのが1982年、そのころ生まれた人がこうしてイノベーターたちの中心に座っている。

 逆に言うと、そのくらいの年月があれば、世界を変えるくらいのイノベートが出来るかもしれないということか。
まだ間に合うかもしれないね(笑)

 いつのまにか2月の後半。庭が明るくなる時間が日々早くなってきた。外に出ると朝の雨にもぬるい感じが、うまく表現できないけれど、ちょっとだけ「重く温かい」感じがした。 低く流れる空気にも温の匂いがする。3月に向かうこの季節、春が動き始めた。我が家の庭の草木たちはぐんぐん伸びている。すごいなあ、自然の力。

suzume そういえば日常的に目にしてたスズメが最近ぐっと少なくなった気がする。数年前まで庭にご飯粒を置いておくと、すぐにどこからともなく飛んできてくれたのに。あの、ちゅんちゅんと鳴く、小さな鳥たちはどこに行ってしまったんだろう?

 調べてみると、スズメの数は20年足らずの間に最大80%減、50年では90%減と10分の1にまで激減しているそうな。

 あとひと月で桜がさくんだって、う~ん、もぅっ!て感じ/ 加齢とともに時間軸が加速してる(笑)  今年は寒いようだけど3月から5月の気温は平年並みか平年より暖かいらしいよ。このため、桜の開花は、平年より早い予想。桜前線は、3月中旬に九州・四国から北上を開始する見込みです。

 やっぱり時間って主観なんだな。正確に秒を刻む時間ですら主観で変わるんだな。とか思う。結局客観のものなんて世の中にないんだ。ちょっと確信する今日この時。もっと主観を大事に生きていこう。

sakurazaka平成12年の唄のヒット以来、全国的に有名になった田園調布「さくら坂」を訪れる人は皆、 この赤い欄干の陸橋の上で記念写真を撮っています、いなかのアベック<死語?>が多いかも。 まぁ近所の散歩コースなので開花が楽しみではある。

ana パンダが2頭がきましたね。レンタル料が1頭あたり年間約4000万円とか。プロ野球選手並みで、どういう経済効果があるのか、教育的指導なのかよくわからないけど。やって来たパンダの名前は、オスが比力(ビーリー)でメスが仙女(シィエンニュ)とか。ランランとカンカンなら今でもはっきりと覚えているのですが、1972(笑) 

 パンダの名前はフェイフェイとかトントンとかホアンホアンとか同じ音がふたつ続くのかと思ってた。


 

 いまの日本で、自分は人生でもう負けていると思いこんでいる若者が増えているそうだ。  揺るぎなき  「自信のなさ」 を持っているというのである(笑)

 そうかもしれないねぇ。これだけ情報があるとその中で多少勝ったとしてもたいしたことないということがわかってしまうみたいだし、表も裏もほとんどの結末が視えたつもりになって、「たいして変わらないよ」「諦めろよ」と囁きかけてくる。これでは努力して闘う勇気は出てこないだろう。

 こういう発想は、ぼくら中年以降も陥りやすくなっているな。情報洪水に晒されているのは一緒だからだ。 この無力感、そして諦観がさまざまな無関心につながっていく。熱意を持って社会や人生に関わっても結局無駄なのではないか、という深い疑問から逃れられない自分がいる。

 でも将来への地盤を築くためにみんながお金を使うと、自分に投資すると、今後の日本の運が開けてきそうだけど。

 エジプトやチュニジアなんかとは違って、目に見える大きな革命や事変が起こっているわけではないけれど、実はここ数年が世界の行く末の、静かだけど非常に大きな分かれ目なんだろうなと感じている。今年2011年が21世紀の真の始まりの年になりそうな予感は以前書いたけど、本当にここ数年が分かれ目・変わり目なんだろうってボクは思っている。

20110220131233 世の中のシステムを根本から変えるような革命は、市井の人たちの生活のちょっとした不満や不公平感が時間をかけて徐々にたまって、そのエネルギーがある地点に達したら、自然に堤防が決壊するようにあふれ出てくるものなんじゃないかと思う。つまり、今回の流れの場合にはfacebookやTwitterはあくまでも「きっかけ」でしかないのだろう。この先、日本のまわりで共産党一党独裁の中国とか、北朝鮮が動く・・・かもしれないし。 そんな予感はするけれど、それはいつのことなんだろうね、まぁボクも傍観者なんだろうけど、ちょっと怖いような期待感、ぞくっ(笑) まぁ、ワンコのような円らで真摯な瞳でみていたいね。

今週は全てが順調に流れて行く予定(笑)

 希望的観測が、なぜか現実に結びついてくれることになりそう。心の中は充実感でいっぱいになり、幸せな気分でるんるんだぁ~。

 目標を高く掲げ、諦めていた事にもう一度トライしてみると良さそう。望みを捨てなければ願いは必ずいい方向へ一歩前進。周囲の人には、常に感謝の気持ちを持つように心がけること。

 身近なことから整理をつけて、運命の流れを良くしよう。




 フェイスブックやツイッターはいままでのネット上のコミュニティと違って、リアルな人間関係をそのまま持ち込みやすいし、持ち込む人が多いみたいで。そうなると人はまっとうな行動で参加するのかね、ほんとに実名で出てる人はね、、、。

 つまり、匿名の書き込みと違って、目を背けたくなるような口汚い言葉・罵詈雑言を言いっぱなしにする、ということが減り、友人たちに見られちゃってるからね、真っ当な発言が多くなるのである。批判するにしても建設的なものが増えてくる。

 そして、共感とか連帯、エジプトか!。ツイッターもフェイスブックも「人間ってこんなにいい人ばっかりだったっけ?」と不思議に思ってしまうくらいポジで明るいつぶやきとかコメントが多い、ほんとうに本心かね~ホリエモン(笑) 

 掲示板系の荒れた汚い言葉を知っている人にとってはこの転換は劇的だ。

 ドラマの中の会議なんかで、エラそうな事を主張するくせに、自分は高みの見物を決め込んでいる、勘違いしているアホが多過ぎる現状に対して、ちょっと辛口の意見を吐くと。亀みたいに目を伏せてシラ~連中が6割、やる事やってモノを言いなさい的な聴衆が2割、どちらとも判断できないのが2割かな。日本の社会における正論を述べた時の典型的な反応。これは小学校の学級会から国会に至るまで同じかも。

 日曜よる9時フジテレビ、ドラマチックナイト「スクール!!」

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 自分も亀シラ派だったな(笑)、ほどほどに熱くならないと。

el 英歌手エルトン・ジョン(Sir Elton John)と同性婚のパートナーであるデヴィッド・ファーニッシュ(David Furnish)が、代理母の出産した男の子の両親となった。

ジョン(63)とカナダ人の映画制作者のファーニッシュさん(48)は12年間の交際を経て、2005年に同性婚カップルとなったそうだ。

 カリフォルニア州現地時間12月25日に生まれた男の子には、ザカリー・ジャクソン・リーボン・ファーニッシュ・ジョン(Zachary Jackson Levon Furnish-John)君という名前がつけられた。体重は3.6キロだという。(以下略)

 ん? このニュースを初めて読んだ時にその意味がわからず、かなり困惑した(笑)。それにしても僕の頭では理解不能な親子関係だな。この子の生物学的親はだれなの?それにしてもこの子はどういう育ち方するんだろうか?

 なんでブログ毎日書いてんのか?、最初はお酒を飲まない夜がヒマになるのかなって思ってた、、、まだ久里浜病院に入院中に持ち込み禁止のパソコンでこっそり始めたんだな、そうだ!  病院の電源設備が古くてベッドのコンセント使用禁止だから携帯電話の充電も売店で乾電池買ってしてたのだな、コンセントから充電してるの看護師さんに見つかると充電器を没収されたのだ、懐かしい。 
 
 いまは、まぁ リアルな今を残しておきたい、というモチベーションが一番大きいかも。

 リアルな今とはレストランや旅行とかに行ったり特別なことがあったりという非日常的な日にあるのではなく、なにげない日常にあるのだと思うし。 特別なイベントもなく、何も書くことがないような日こそが今の精神状態なのかなって。 そういう日こそ残さなくては、と思うし、そういう日に無理矢理書くと「生の自分」が出ることもだんだんわかってきた。そういうのこそが目的だったりする。なんにも書くことがない日こそ、今を書くことで重視したい。 

 みんな元気かな(笑) まだ甘いな、寒いね!

20110215065743 今朝、うちの庭に雪だるまが出来てた、て~作。 そう言えば、今年母上は80になる、おさ虫51おくさん49、180÷3人=60(笑)

 なんというか、人間っていろんなことをして生きているんだなぁ~という、あたりまえの、ごく普通のことなんだけど頭にうかんだ。
 当たり前だけど、ボクが興味ない部分とかに一生をかけてる人がたくさんいて、もしかしたらそれにボクは一生気づかず人生を終えるんだなって。 そういう自分では気がつかない分野の完成度の高さが回り回ってみんなの人生をどこかで豊かにしてくれている感じかな。 うまく説明できないけど。今日も世界中でいろんなことが行われているのだけど、それが回り回って自分に影響を与えてくれている感じかな?  へんかな(笑)

zero 百田 尚樹著-永遠のゼロ、日本軍敗色濃厚のなか、生への執着を臆面もなく口にし、仲間から「卑怯者」とさげすまれたゼロ戦パイロット、、、、それが祖父だった。 戦後65年、「今」孫の世代、姉弟でまだぎりぎり生存する戦友の「記憶」をたどり、、、、酷にして清冽なる愛の物語。
 

「記憶」って人生そのものだし、「現在」ってそれを認識した時点ですでに「過去」であり「記憶」である。「現在」を生きるってことは「記憶」の中に生きるのと同じか。じゃあ「今」を生きるっていったい何なのだろう? ベッドでうつらうつらそんなことを考えながら。つか、そんなこと考えてるから寝られないのだ。寝なさいね。

 この物語は映画になったら 『いいね!』 俳優のキャスティング考えてたら、また寝られなくなった(笑)

 自分でわかったつもりになっている事柄って意外と多いのだよね。 油断しているとそこで思考停止してしまい発展や展開をしないんだな。 「ん?」、「おおっ!」とか「むむむっ!」とか感じられる感性とか驚きや好奇心を大切にしないとだめなんだな。

 たぶん一般人、凡人はそういうものをつねに意識して感じるように受け止めていないと、どんどん萎えてしてしまうんだろうな。 歳をとっても魅力のある人っていうのは例外なく好奇心があって、自分の言葉で自分の世界を語れる人だもんな。 「ほほう!」とかね(笑)

 そしてアルコール依存症の人は 自分の心に、いつも気づいてないと危ないんだな。

  

 東京に生まれ育った子供の頃の僕らにとって、雪が降るということは、無条件でわくわくする出来事だった。小学校の授業は休みになって校庭で先生も一緒になって雪合戦や雪だるま作りをしたし、家の近くの坂道でそり遊びをした。大雪が降った時などはスキーを持ち出して坂道を滑ることもあったから、そのころは東京ってけっこう雪が降っていたのだと思う。 当時の公共交通機関は殆ど止まったハズだし、今日は雪だから学校も職場も休みにして、皆でそれを楽しもうという共通認識の「雪だからしかたないよね・・・」的なエクスキューズがあった気がする。

 学生時代の雪の記憶は、あの時代の若者の行動パターンをモロにトレースしていて苦笑を禁じ得ない。ご多分に漏れず「雪=スキー=車=ナンパ=女性」がワンセットになった記憶ばかり。夜中に車で移動してスキー場に行くっていうことが冬のイベントだった。

 まぁ、そんなこと思い出しながら行動パターンというか我慢について少し考えた、自分の楽しみや欲望を抑制するのはよっぽどの人でないと長続きしない、ダイエットがたいてい失敗に終わるようにね。 ダイエットは相手が「ぜい肉」だからいいけど、アルコール依存症の相手は自分の魂かな? 根性とか精神論でなんとかなるものではないが、この我慢を途中で放り出したら死がまっている。「ワタシは一生続けますっ」うん。その志は疑わない。でも、 それがよっぽど自然にアタリマエだと思い込もうとしていても、時々自分の中でいろんなところに無理が出る。 もう少し考察がひつようだ。

 まぁ、それはそれとして、自分の人生はちゃんと楽しもう。

 いろんな事情、わけありで10年くらいクルマを運転しなかった時期がある。今思えばアルコール依存症ということに気付く前の時期だったので、運転しなかったことはラッキーだったと感謝している、飲酒運転の取り締まりが厳罰になってきた時期でもあった。でも10年のブランクは意外と道路って覚えないものなのね。道路も進化してるしね。

 ボクがクルマでブイブイ言わして走り回っていたのは大学時代の30年前くらい。あの頃は道をいっぱい知っていたけど、もうずいぶん忘れてしまった。歩いていてもよく迷う。

 NAVIなんてなかった当時、田中康夫がブルータスだったかポパイだったかで「東京の抜け道」を連載していたが、ボクも抜け道マニアで、彼の連載と気持ち的に張り合っていたっけ。「ここを曲がると誰も知らない超近道がある」とか「ここで赤信号なら左に曲がって回り込んだ方が直進より早い」とか、いろんなトリビアを身にまとって走っていた。かつては夏の湘南や軽井沢では抜け道の鬼と言われていたのだ(笑)

 今こうして歩いていると、たま~に「お、ここ見覚えある」という細道に出て、「あ、これ、当時走った抜け道じゃん!」とか記憶が急に蘇ったりする。目印になる建物がもうほとんど残ってないし、高層ビルによって景色は様変わりしてしまったけど、なんかそういう道には「過去に落とした匂い」みたいなものが染みついていてわかるのだ。あぁココ走ったなぁ、懐かしいなぁ、助手席には○○ちゃんが座っていたなぁ、とか、芋づる式に思い出す。楽しいな。



ライオンのクリスチャン、涙です。 

 寒い。 週末は東京でも大雪とか。冬の冷徹な空気は嫌いじゃないけど、東京の木造住宅は家の中が寒いから、余計寒さが身に染みる。寒いなぁ。 

 今週末はうだうだして、おさ虫的には 暴食・高カロリー 注意報だな、はい(笑)

 就職や受験シーズンもそこそこの人は終わってるみたいだけど、そこそこいい大学行って、そこそこいい会社に入っても、別に「そこそこいい」 人生となるわけではない、サラリーマン30年やってる友人達をずっと見てると心底わかってしまうところがあるわけで。

 もう昭和時代の「いい大学×いい企業=いい人生」という幸福モデルはとっくに崩壊していたりするし。禁欲的にがんばって競争に勝ってきて「いい大学×いい企業」を手に入れたのに相当つらそうにしてる人も多いし、企業で上りつめたあげく謝罪したり捕まっちゃったりってやつもいる、家庭が壊れているやつらも多いな。
 
 なんだか、「そこそこいい」って、そういうのがいい人生ってヤツでもないって、みんな心の底ではわかっちゃっているのだね。

 自分を振り返ると、「人生で何をやりたいか」がなんとなく定まってきたのは小学生の頃である、早い 家業があったからね、でも37歳で家業が倒産して、10年大酒飲んでアルコール依存症、49歳で久里浜だよ、よかったね、甘いなりにどん底も少し見たしな、でも・そこそこだったな(笑)

 で、どうすんのって? 選択肢が多いこの時代、そう簡単にやれること・やりたいことは定まらない。無数の芝生が青く見えるのだ(もしくはどの芝生も枯れて見える)。 でもこれからの事は楽しみではあるね、ごいっしょに、どうよ(☆゚∀゚)

(鹿尾菜)読めた? ひじき でした、形が鹿の黒く短いしっぽに似ている。油揚げと煮たのが好きだな。

 昔、学校で、「冬は寒さでレールが縮むからガタンゴトンの音がうるさくなる」と習った気がするのだが、ふとホームで耳をすますと、実に静かに電車が運行している。冬なのにおかしいなぁ。山手線だけかなぁ。

 情報がこれだけあふれてると他人の幸せもたくさん目に入ってくる。あれもうらやましいこれもうらやましいと煩悩はどんどん増える。平等社会ゆえ、がんばれば手が届いちゃったりするだけに羨望は止まらない。がんばれば、 あれが出来るようになれば、 あれを手に入れられれば、 きっともっと幸せになると思いこんでいる。

 ストレッチ&ウォーキング&腹筋をやって <脊柱腰痛> から楽になりたいんです、少しでいいんです、希望☆~寒いけど、がんばれ<おれ。 

 グルメ番組でよくやってる、たいてい若くして独立して店を開き、独自のスープとか売りにしてるけど、料理のRIの字も知らない若者がその程度の修業をして人気店になる程度の食べ物ってどうなんだろうか。変化球を投げさえすれば客が集まるだけなんじゃないのだろうか。客たちも、スープをあそこまで味わい尽くし評価できる舌があるなら自然と、本物のコンソメやフレンチとかに興味が移ったりしないのだろうか。  

ra そのこだわりの麺に合うのは本当にそのスープや具なのだろうか。その混合ダブルスープって果たしてうまいと言えるのだろうか。みんなが褒める理由が他にあるのだろうか…。わからん。これは批判ではなくある種の、、回顧や自問だな、無加調~。ボクはラーメンがわからないくなってきた。

 ラーメンなんて料理じゃないとは言いませんよ。ラーメン大好きですよ。ただ、世に騒ぐほどの深みを感じないし、行列するほど美味しいと思ったこともない。つか、最近ラーメンにそんなに多くを求めていないのだ。老衰か、、、、(笑)

 長友のインテル入団の初記者会見。最初から、あっぱれ!そして新しい日本人だなあと思う。自分の言いたい事を、自分のためにしっかり主張できる。自分の属する世界と距離感をしっかりと持っていて、自分を客観視できる。ある意味、ふてぶてしく、したたか。必要以上に自分を卑下したり、おどおどした態度は皆無。セリエAは世界一のサッカーリーグで、インテルはチャンピオンだ。そこでベストを尽くすという、彼の意志はしっかり伝わっただろう。モスクワの本田圭祐といい、ドイツの長谷部、香川、今度の岡崎といい、フランスの松井といい、ヨーロッパのリーグをしっかりとレスペクトしつつ、それがどーしたの?的な開き直りというか、自分を主張できるのが素晴らしい。かつて、中田ヒデはイタリアで一目置かれたけれど、今回長友は可愛がられると思う。

 インディアンに憧れて彼等のライフスタイルを真似する一団を「wannabe(want to be)族」と揶揄したことに始まるらしい。転じて最近では「憧れているものになりたいと強く思う人」とか「アイドル歌手の服装や生き方などをまねる熱狂的ファン」のことをワナビーと呼ぶらしい。たとえばヘミングウェーになりたがってる人なら「The Hemingway wannabe」みたいに使う。“He is a Hemingway wannabe.” って感じ。

 もっと広い意味なら。I wannabe a great artist.とかI wannabe a CEO sometime.とか、単純に「~になりたい!」って夢だけ語っているヤツのこと。
わりとネガティブなニュアンスで「あいつワナビーだからさー。いまの仕事まったくやる気ないんだよ」みたな感じで。あ今の自分は仮の姿。将来は絶対大物になってやる。アイ・ワナビー!。つまり「口ばっかなヤツ」ってことね。

 エジプトとかで国家政府がインターネットを遮断したように告知PRやコミュニケーションとしてのソーシャルメディアの躍進が凄いね。 だけど RTも「いいね!」ボタンも、共感しないと押さないし、共感された情報のみ広まっていくかんじなのかな、目黒の有燐堂で見てたらそっち関係の雑誌や本のスペースが幅を利かせてきてるけどフェイスブックもプラットホームとしてのAndroidも様子見だな。本名記載で、、、人はどうするんだろう?
 
 そして今の世の中で物を売ったり商売するのには10人にしっかりファンになってもらうための仕掛けをしていかないといけないのだろうな、そして誠心誠意とか本物感が感じられないと共感がえられないのだろう、それがソーシャルメディア・マーケティングの勘所だと思う。どうやって、その10人に常連さんになってもらうか。新規顧客を増やすというか、既存顧客に永く使ってもらう発想への転換。そういうのが必要になるんだろう。

 10人をしっかりファンにする仕掛け。そこから100人、1000人に広がっていくマーケティング。それはどんなカタチになるか。ファンが「共感」を紡ぎ出して「いいね!」になったらとっても強力な媒体いとなるんだろうし、どんなコミュニケーションが必要なのか。とか。そんなことを考えていた。。。

 ソーシャルメディアという場の中でメーカーからの一方的に自社の商品を「これがいいよ!」と勧め、口説くことは雰囲気みだすし空気がよめない(笑)ってか 平たく言うと「うざくなる」。大声で叫ばれたた日にゃ「超ウッザッ!」である。友人のつながりの中に土足で入り込んできて自社製品を大声で言われたら反感すら抱きかねないしね。  

ご注文はお早めに、ウザっ(笑)

 今朝は5時まえに一度目覚めた。まだ真っ暗。おお~おもしろい夢を観ていて、これは記録しておかなくてはって思っていたのに、6時10分に目覚めた瞬間にストーリーを忘れてしまった。

hg 夢の場面は霞町の近く。原宿の街並にあったみたいな同潤会アパートというか古いんだけれどモダンで美しい建物に居る。なぜかそこは和食でカウンター割烹、お任せでとらふぐコース、てっさ・てっちり・ひれ酒だったな、、、、(笑)昨夜寝る前のTVの影響か。

 いつの間にか場面は、皇居前広場で芝生のスペース、気持ちいい風を感じつつ日比谷図書館に向かう僕。20年以上会っていない先輩や学生時代の友達がいる。思いがけない出会いに驚きつつ、隣にいるかみさんを紹介しなくちゃなって思いつつ、懐かしい気持ちで、わははと笑いながら目覚めた。

 笑いながら目覚めるのは久しぶりだ。でも、思い出そうとすればする程、遠くなってしまう不思議なストーリーだった。夢って本当に面白い。夢見は悪くなかったけれど、断片的な場面は思い出せるのに、こまかいストーリーはすっかり忘れている。どんな深層心理学的な意味があるんだろうね。 こんど久里浜の宮川先生に聞いてみよっと。


 仕事と趣味が合致する人生がやっぱり一番かもね。死ぬまで達成感と共にある、失望感もすこしあるかも。
趣味をすべて仕事と考えてもいいし、仕事を限りなく趣味化してもいいし、趣味をどんどん仕事に取り入れてもいい。そういえば「趣味を仕事にすると大変だよー」というのもよく聞く言葉であるが、そう言っている本人は概してうれしそうである。そういうことか。 ま、趣味で食べていければ素晴らしいね(笑)

 どうやら花粉症っぽい。くしゃみ連発。寝ながら激しくしゃみをしたときに腰までギクリとやってしまった。ついに花粉との本格的なつきあいが始まるのか。がっくり。

硬膜外ブロック注射 1本

 2月だ、ううむ、光陰矢の如し。 ボクはいろんなつながりの重なりの中で生きている。会社という組織のつながり、アルコール依存症というつながり、食べ好きというつながり、ゴルフ好きというつながりなど、いくつもの「つながり」の中で複層的にすごしている。

 ソーシャル・ネットワークには現在つながりの友人や知人だけでなく、以前のつながり、たとえば卒業した学校の友人ともそれとなくにつながれるようになっている。また、同じ趣味を持った人同士、同じ興味をもった人同士のコミュニティもより簡単に形作られるようになった。

 でもそれは日本人感覚では、ちょっとお節介かなってすこ~し思う、今日この頃なんだな( ̄‥ ̄) 年齢か?

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