アルコール依存症日記 2009久里浜の夏から

久里浜アルコール症センター 東6病棟492期 Shall we 断酒

2011年01月

 自分的には「ストレスによるひどい肩こり」だと思っていたのである。でもどうも様子がおかしい。普通に手を伸ばしたりするだけで痛みが走る、手は上に上がるけど後ろにはほとんど行かない。どんだけ筋肉をほぐしても痛みが軽減しない。んーこれって…というか、だんだん関節そのものが痛くなってきた!

 ということで、頭の隅っこではなんとなくわかっていたことを認めざるを得なくなったわけで、残念ながら五十肩。ネットで調べたらまさにそういう症状だ。そっかー、来るんだなー自分にもそういう時代が…。自分だけはそういうことから逃れられると人間思いたがるわけだけど、逃れられないのだなぁ…。老眼が来たときもそれなりにショックだったけど、五十肩もショックである。 

 最近カラダがいろんな方法で 「無理するなよ 」と伝えてきているのを感じる。 ただ、ここでそのささやきに屈服すると際限なく固まってきそうなので 少々無理しても毎日のラジオ体操とお風呂で温めて腰・肩のストレッチを心に誓う。

 ラジオ体操は久里浜病院、東6病棟では日課だってでしょ(^_^) ア症にも効くハズだ。

 ふと気がつくと、昨日と同じような一日を送っている。同じ顔した毎日に、ほんの小さな無理ない刺激。 「おお、いま、ボク、シアワセ」と脳の片隅で意識するときがある。なんでもない時間だけど、たったいま、まさに得難い時間が過ぎている、、、、(⌒~⌒)


 シアワセは思いがけないときにこっそりやってくる。それに気づくも気づかないも本人次第。今日は気づけて良かったな。 その「満ち足りた感」は、でも、新たな悩みや不満が訪れるとすぅぅっと消えてしまう。決して長持ちはしない。そこがまたいいね(笑)

 あと50年、人生があったら。

 いまからじっくり取り組めば、小説家や音楽評論家や演奏家にだってなれるだろう。現代美術のアーチストにだってなれるだろうし、洋食の料理人にだってなれるだろう。 もう50歳だからまぁ日本語だけで生きていけばいいか、と諦めつつあった英語だって、あと50年あるなら、10年ほど勉強してモノにすれば、40年間楽しんで使用することができる。

 あと倍か…。生まれてから今までの人生をもう一回分。

 さて、何をしますかね。
いままで生きた50年の延長線上でなんとなく決め込んでいたが、いまから全然違う第一歩を踏み出してもいいわけだ。50年後に全然違うゴールがあるのかもしれない。さて。だったらオレは何を始める? そんなことばかり、数日考えている。 ま、年齢からスポーツ選手はだめだね、憧れのシニアプロゴルフ選手も無理そうだし 演歌歌手も無理かな、そうでもないか? 波の、谷間に、命の花~がぁ~(笑) 

 

 近所の大きな家がつぶされて、小さな区画が6個も出来た。 つまり6軒分建つわけ。しかも昨日夜の散歩で通りかかったら1軒はもう建っていた。マジ? 1ヶ月弱で建つ家って…。 趣ある古いお屋敷で緑も多かったのだが。フェイクの壁の似たような新建材の家がずらっと並ぶんだろうな。 町から美がどんどん消えていく、、、そして寒かった。

 小説はボクのタイムマシーンだ。ページをめくれば、どの時代にも旅することができる。とてもぜいたくで、かけがえのない時間。

dero 直木賞を受賞した 木内昇 『漂砂のうたう』  デロリアンに乗って、明治初年に跳んでみたい~φ(.. ) 


 「断・捨・離」  去年12月のテーマは、いい意味での「ダウンサイジング」かな なんだか1月もあっというまに終わるし、もう一度今年のテーマを再考する。

 不景気な意味の「規模縮小」というニュアンスではなく、「規模最適化」に近い感じでどうよ、小型化によって利益を生み出すという発想である。 生活をシンプルに整理して「自分にできること」を粛々とやっていこうって感じか?。 一方で「自分にできること」をひとつひとつ増やしていく勉強の年にもしたい。ttt 

 そう書くとえらく地味な感じだけど、イメージとしてはホップ・ステップで助走しといて、夏のサマージャンボ宝くじでいっきに飛んでいきたいって感じかい(笑)


futula


gtv 最近テレビ・ニュースを見ない人も多いうえ、節約の為に新聞を取らない人も増えたらしい。その状態で数日ネットをチェックしなかったりするとほとんどニュースに触れなくなる。 実際、新聞の売り上げが減り始めてから、話題として 時事問題 が出てくる回数が顕著に減った気がする。 生活スタイルだけデジタルに移行してしまい、実は「情報的孤島」に陥っているのにそれに気がついてない人が意外と多いのではないだろうか?   ボクも芸能ニュースには気付かずに一週間ばかr孤島に行ってる時がある (笑)

 最新のニュースを優先順位をつけた上でコンパクトにまとめて毎朝玄関まで届けてくれる「新聞」という情報サービスを軽視しない方がいいと思うけどな。

ug 押しつけた訳じゃないけど、お酒を飲まない夕食に馴れると、意外とこれはこれで快適でしょ。 もちろん日本酒やワインの香りが味を倍にしてくれる料理もあるけど、お茶やお水で食べることによってより鮮烈に味を感じられる料理も多い。

 へへえ、妻は家での晩酌をやめたのだ。  ぼちぼち2ヶ月続いてる、、、つづくぅ~。



 「江~姫たちの戦国~」 天下を取った信長は、琵琶湖のほとりの高台に壮麗な安土城を築いた、城下に外国人宣教師を招いて、教会や神学校を建てさせ町にはオルガンの音が流れたという。

 信長は外国から日本を守る為と言っていたけど、本能寺の変がなければ、日本はポルトガルの植民地になり、今日われわれはポルトガル語を喋っていたかもしれない。鎖国も明治維新もなく、日本どころか世界の歴史が今とは違っていたのかも。 

aduchi1 戦国時代に奇抜さでは天下一品の安土城天守閣、天下統一を目前に控えた信長が、当時の建築技術と贅を尽くして築きあげた安土城。日本の城の中でもっとも豪華であったと言われ、後世の城建築にも多大な影響を残した。完成わずか3年後、信長が本能寺の変で没するとまもなく、放火により炎上し、この世から姿を消し、幻の城となった。

 その夜、僕の意識は安土桃山時代にワープした。ただ、不思議な事に現地の「天守閣」に行くと、あれ!と思うほど小さかった。マイスリーからレンドルミンに変えたら少し寝られた つづく、、、、。


 2004年、膵臓ガンと診断されたが幸いにも治療可能なガンで摘出手術をして復帰している。2009年には肝移植も行ったが半年の休職で復帰した。そして今回。無期限の療養である。

 小さなエピソードだけど、ボクの好きなものをひとつご紹介。スティーブ・ジョブズがプレゼンで着ている黒いタートルネックの物語

 ある日、ニューヨークのイッセイ・ミヤケの事務所に、スティーブ・ジョブス本人から電話がかかってきた。黒い長袖のタートルネックを数百着ほしいという。数百着持っていた在庫が残りわずかになっているので、補充したいという。しかし、その商品はニューヨークには在庫がなく、日本でもすでに作られていなかった。それでも、どうしても欲しいと言うので、数百着の注文なら新たに作ってもいいと返事したところ、ジョブスは、これまでのタートルネックの色合い、肌合い、特に袖を捲り上げたときの感触がとても気に入っていて、まったく同じものでなければいやだということだった。日本で型紙や糸などの記録を探し出したりすると時間がかかるので、着払いで、ジョブスが持っている現物をニューヨークのオフィスに送ってくれと頼むと、残りわずかな貴重なものを送ることはできないという返事だった。しかし、シリコンバレーまで来れば見せてやるという。そこでシリコンバレーの空港に着くと、待ちきれないジョブス本人が待ちかまえており、ポルシェで自宅に連れて行かれ、実物を見たのであった。それがあの黒い長袖のタートルネックの物語だ。

steve-jobsジョブズがいつも着ている黒い長袖のタートルネックにはこんなスゴいエピソードがあったのねw。やっぱりこの人のこだわり方ってハンパじゃない。

 

 寒い中はやあしで歩いてると、花粉症っぽい症状が出てきてて落ち着かない。眼がしょぼしょぼ。涙目にもなる。やだなぁ。まだ花粉の時季でもないだろうし。 花粉症はギリギリでかかっていないと思っていたのだが、検査の結果、杉と檜がばっちり陽性だった。 和風な瞳だったのね。

ma 近所のオオゼキで買い物の帰りに、飼ってたマルチーズにそっくりのわん子に遭遇、なんとなく顔見知りの独身らしき飼い主の女性に「おいくつですか?」って聞いたら「39ですが」……。えっ、「あっ!」と顔を真っ赤にして後ろ向く彼女。こ、これは恋の始まりか!(違います)

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 電車でフリーペーパー読みながら、少し考察。
 へへへ、照れ屋なこともあってか、昔から愛の言葉とか得意ではない。 愛情表現もものすごく遠回しだったりする。 なんというか、軽々しく言うと自分に嘘くささを感じてしまうのだと思う。 その言葉、ホントか? とか考え込んでしまう。 まぁ、言わなくてもわかるだろぅってのが、本音か?

 一方ですごく軽々しく愛や共感の言葉を語れるヒトへのうらやましさもある。そのくらい軽々しくてイイとも思う。だってとりあえず伝えた方が相手はハッピーになるからな。ハッピーであるに越したことはない。薄っぺらくても嘘くさくても敢えてそれをやってるヒトもいるだろう。それはそれで立派なことだ。

 でも、ボクはやっぱり、むっつり派かな( ̄∠  ̄ )ノ

 「ん~~木枯らしにふるえて~」 shikao suga

 欧米では風邪を「コールド」、インフルエンザを「フルー」と呼んではっきりと区別してるという。先進国の中では日本だけが風邪とインフルエンザを混同していると言われているわけ。それってとっても危ない。流感とか流行性感冒という意味でインフルエンザと呼んでいると、どうしても風邪の延長的イメージになる。流行ってる風邪=インフルエンザ、ってね。 鳥とか豚が出てからだいぶ区別できてるか。

kokuyo 久しぶりに京浜急行で久里浜駅前、宮川先生の久里浜メンタルクリニックへ 年末から正月を無事に乗り切った報告、そして心とからだの近況報告、15分ほど話を聞いてもらい的確なアドバイスをうける、歯のかみ合わせと腰痛にも相談にのってもらい、先生の椅子がよさげで聞いたらメーカーと定価、割引率まで、さすが 商売道具 (笑)

 去年の春先から意識していたのだが、なんだか体が動かなくなった気がしてる、まぁ五十を境にという事なのだろう。

 子供の頃から運動神経が良くてプロになった人が自分の衰えを知って引退を考えるとき、こんな呆然とした感じなのだろう。人生自分では得意な範疇だったことがままならなくなるこの気分。

 人間、「いろんなことが出来なくなっていく過程」を生きているんだなぁとふと気がつく。
自分がそうなってきてみてほんの少しわかった。いままでもわかってたつもりだったけど浅かった。こんなに悔しいものなのか。

 このところの流れは悪くはない、腰の痛みには凹んでるけど、、、頑張れ!>オレ



ume

 散歩の途中で咲いている梅花、なんだか謙虚さが好ましい。桜は派手だし潔いし立派だけど、入り込む余地がない感じがする。それに比べて、梅ってひっそりとして厳しさや穏やかな諦めや寂しさが感じられて、なんだか想像力をかき立てられる。 梅の花を見ながらふと気づくと物思いに浸っている自分がいる。

 なんてね、、、発想がふくらむ。水戸黄門の号は梅里、人生楽ありゃ苦もあるさ(笑)

 自分が寂しい人だなんて思ってないけど、孤独は好きかな。

 

q_hamburger_l お昼にハンバーガー2個! 至福の時だったのだけど、でも結果的にはオレも歳をとったなぁって、黄昏れる結果に。
 いや、量的には軽くクリアしたのだが、なんというか「うめ~!」という喜びの手前に、身体に悪いぞ、数値が気になるぞ、というフィルターが薄くかかっていて、満足感が罪悪感に変化するのだ。こういう意識はあまり感じたことなかっただけに、ちょっとショック、遅すぎ?(笑)

 なるほど、ジャンクでおいしいものを無邪気に楽しめる年代はとっくに終わっているのだな、と、なんだか実感した、ア症で数年間あまり物を食べなかったので気が付かなかった。これからは糖質やコレステロール多いものとか頼まなくなり、だんだんそのうち少食になるんだろうなぁ。まぁそれはそれで仕方ないんだけど、やっぱちょっとだけ寂しいかも。

ume さむいけど庭に出ると、カラカラに乾燥して冷たい空気が気持ち良い。勉強と読書とあん摩と掃除と炊事の1日。やることいっぱい。
 気晴らしにふたりで散歩に出たら、いつもの散歩道に梅が咲いていた、梅の開花時期はもう少し先だろうと思ってた、猛暑暖冬で地球温暖化が騒がれていたけど今年は寒いみたい。

 たった40年前、1970年代には「地球寒冷化」「地球に氷河期が来る」という内容の本がたくさん出版されたというから、学説や科学者の主張というのもコロコロ変わるのだ、大きな周期で言うと地球は氷河期に向かっているというのは本当らしい。

 仮に氷河期が近づき大冷害の危険性もあるとわかったとしたら、温暖化に効果があるCO2の増大はいきなり「イイコト」になる可能性だってある(笑) いろんな可能性をニュートラルに眺めて、フェアに考えたいと個人的には思っている。





 

 明治のあの頃に思いを馳せるとみんな若い面子だったんだなと思う。よく列強の植民地にならず切り抜けたものだ。いま日本がこうしてあるのは大変なことだったと思う。ドラマの続きは年末だね<<

 ある有色人種の女性(アフリカか南米か)、彼女からこう聞かれたという。あなたの国のマスター・カントリーはどこですか?
マスターカントリー。つまり植民地として支配するご主人様国家のことだ。彼女にすれば、有色人種で植民地になったことがないなんて信じられないということらしい。世界的には「日本のような有色人種国家で植民地になったことがないというのは超レア」なのだ。

2011y01m15d_051258228 変化の時代・危機の時代こそ、若い人間が力を発揮する。
若者が情熱を持って突っ走り、老練な世代が堅牢にサポートする。そんな体制が今こそ必要だと思う。

 老練すぎる爺さま達(実感)与謝野先生72歳で体は大丈夫なのかな(笑)





東松原・菊屋(つくばねの葉)
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 電車に乗って空いた席があったのでゆっくりと座ろうとしたら、ちょっと離れたところから速足できたオジサンもその席に座ろうとし、うわっと押しのけられた、ムッとしながらその人をよく見たら手の皮膚まで黒ずんだ浮浪者。
 そのオジサンは座ってからずっとボリボリ身体を掻き続けていて、なんだかえんがちょで、痒くなった。ううむ。その後、周りの人もサッと避難。まぁホームレスを差別するわけではないが、かなり臭い方であった。 う~ん、本当はオジサンに見えるけど。よごれて年齢不詳の若者なのかもね?

 典型的なえんがちょじゃんか。えんがちょ切~った!

2011y01m14d_114007169 木曜日夜10時・フジテレビ「外交官黒田康作」、映画「アマルフィ」がこのドラマのプロローグに。薄っぺらくちゃらちゃらした恋愛ものより大人にはウケるドラマだと思う。織田裕二は彼なりのクサさを自分の味方に出来るようになった。抑えたニヒリズムは彼特有、うちの相方はきらいらしい(笑) 原作は真保祐一だ。 

2011y01m13d_172644900 寒いのが好きなわけではないけど、夏と違って服装で調節できるし、出てきた下腹も服装で隠せる。食べ物はおいしいし、朝はキリリと引き締まる。寒いからこそ人とのつながりやぬくもりがうれしくなる。

 そこで春までに下腹をなんとかする計画(笑)

 ヒトは股関節から老いるとどこかで聞いて、最近ひそか「腰割」 に凝っている、家族が寝静まってから一人ベットで股割・腰割しながらうなっているのだ(笑) ゴルフの先輩に真向法と言う柔軟を聞いた事がある。 



 若いときから股関節が固く、もう半分諦めていたんだけど いや、マジでからだ固いので、開脚前屈など夢のまた夢なのである。180度股割りなんて相当夢の世界。出来るといいなぁ。半年じゃ無理かな。腰痛も緩和期待だしね。

 そして内臓脂肪3キロもなんとかしたいな~TG-178,,,(^_^)




 

 昭和時代は、優秀なヒトは何かヒトと違う異様な部分が目立っていたと思う。見るからに人と違う雰囲気をまとっていた。芸術・音楽・なにかを作る人とかは特にね。そうしないと「大衆」から抜け出られないからだろうな。群から抜け出て目立つための方策でもあったのだと思う。

 で、大衆が死語になりつつある現在、群から抜け出てますよというアピールがいらない。「個」を必要以上に主張しなくてよくなった分、そういう人たちも普通で常識的で等身大でいられるようになったのかも。

 いや、逆か。普通で常識的で等身大であることが逆にとっても大切になったのかも。そうしないと共感を呼べない。生活者と豊かなコミュニケーションをとれない。そういう時代。
 企業人もアーチストも普通っぽくて常識的な人が増えたけど、小粒になったとかそういうことではなくて、それがとっても大切な時代なんだな、きっと。

 昼にのり弁当¥290食べてる時にもらった 小粒納豆パックをまぜまぜしながら、考察(・∀・)



 いま、映画は復活を遂げている。たった2時間の映像を観るために我々は1800円もの高いお金を払って電車に乗って映画を見に行く。これって無料コンテンツがはびこる現代においてスゴイことだ。

で、テレビと映画の関係って、ネットと新聞雑誌の関係に似てるのかも。

 確かに若い人を中心に新聞も雑誌も読まれなくなっていると思う。ニュースもコラムも携帯で読んでいる人が多く、通勤電車内の風景も様変わりした。

pen でもね、新聞雑誌が衰退しているとすれば、それはネットが出てきたからではなくて、消費者にとって面白くないからだと思う。最新のニュースやコラムを伝えるだけならネットに勝てない。

 そんでも、見事なドキュメンタリーを作ったり、ちゃんとお金をかけて書き手を育て、ライターや作家も囲い込んでいけば、ネットはとても太刀打ちできないだろうし。新聞や雑誌の方が読んで面白ければ、読み手だって戻ってくると思うけどね。

 ぼくは朝日新聞の朝刊と、、、、日経net (⌒-⌒)。



me 新聞に出てたけど、遠近両用予備軍の人々が増えている。若年性老眼か(笑)

 でもねー、会社での仕事が全体的に鉛筆からパソコンに変わってから(たった10年ほど前からだけど)、特に目の酷使は進んでいて、それも関係あるとは思う。
もうITなしには仕事などできない。いま10代20代の若者はきっともっと早く老眼が来るのではないだろうか(30代中盤とか)。いやそうなると「老眼」って言葉がすでに変だよなぁ。言ってみれば「IT眼」? 老眼という言葉には抵抗あっても IT眼 なら抵抗ないな(笑)。仕事してるっぽい。

眼精疲労、目の周りや首筋、肩手足などの血液循環が悪くなって起こることから、"循環三重苦" とも言うらしいよ。



 電子書籍も問題だな、、、まぁ、なんだか熱っぽくて風邪がなおらないけど、明日からが今年の本当の幕開けって感じだ。

 一般的に風邪の予防には「手洗い」と「うがい」が有効というのはほぼ常識だけど。食事の前にまず手洗い励行。家に帰った時だけでなく、会社に朝着いた時も水うがい励行。じつはあまりやってない(笑)

uga ただ、ずいぶん前にどっかの検証番組で「うがいは実は効かない」っていうのを見た記憶があって、うがいを心のどこかで信用していなかった。喉をガラガラやっているようでいてほとんど奥までは届かず、もちろん気管支も洗うことが出来ず、まぁそんなに効果ないんだろうな、と。

 そして悪化して咳風邪が苦しいのでこの連休で徹底的に寝て治してしまおうという魂胆なのだ。ベッドのお供は『山崎豊子・二つの祖国』全4巻。何度目の再読だろうか。

 でもなんだかんだ雑用で呼ばれて、、寝てられない<泣き(・ω・)

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スイングの科学。

 風邪ひいて声がガラガラ鼻じゅるで咳が止まらない、で夜中に眠れなくて去年の今頃録画したNHK BSでやった番組「荒井由実 "ひこうき雲" の秘密」 こっそり観たのだ。 えがった(笑)

 荒井由実 ひこうき雲 当時のマスターテープを録音スタジオで聴きながら、ユーミンと松任谷正隆と細野晴臣とかが当時のエピソードを話しあったり、トラックごとに聴いたり、マニアックに語り合ったりした1時間。このアルバム、約1年かけてじっくり録音していったとか。そのディテールへの凝り方などが浮き彫りになっていく。ティンパンアレーすげえ。
 それにしても、発売以来37年も経つこのアルバムだが、本当にまったく色あせない。いま聴いてもとても新しく感じる。これは細部の作り込みの尋常ではない凝り方のおかげだったんだな。当時として新しかったのに、とても普遍的。そしていまでも新しい。そういう音作りってあるんだなぁ。 ん、去年も同じ事を書いたな!

 ここのところ、会った人と親世代の話が多いな。
まぁ身近な友人たちがみな40代50代になってきて、介護で大変とか、親が脳卒中で転院を繰り返しとか、認知症や痴呆症で24時間面倒みなくちゃいけなくてとか、もう身につまされる身の上話が多くなってきている。しかも給料は下がり、お金のやりくりも大変だろうし。親世代は年金がまだ良いのだけど、いろいろみんな大変なのである。


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冬の芝、転がしてね(笑)

 

 昔、映画館って観ながら煙草すってよかったんよ、アメリカングラフィティー(1973年)当時はタバコすってたかもね。

 たった十数年前まで喫煙可だったヒコーキも、いまではもう考えられない。というか想像もできない。電車もほとんどダメって感じになってきたし。長距離列車に喫煙車両があるのかもしれないけれど、なんだか時代の遺物な感じ。

 禁煙して1年ちょっと、うまく共存できればいいという考えだけど、映画館やヒコーキなど逃げ場がないところでタバコ吸われるのはやっぱりイヤかも。

 オフィスも禁煙が基本になった、たまに喫煙可の会社に行くとちょっと新鮮。うわぁ、普通に灰皿置いてあるよ。
「ALWAYS 三丁目の夕日」みたいな映画を観ると「昔はよかったなぁ」とか思うけど、よくよく考えたら喫煙しない人にはきつい時代だった。みんなタバコを吸ってたし、吸い殻は道に捨て放題だった。 今考えるといろいろ信じられないことばかり。あの頃にはやっぱり戻りたくないかも。

 自分がそうだったから(笑)



飲み会はなんとか付き合うけど、煙草の煙は目にしみる(Υ_Υ)







 すこーんと抜けるように晴れた冬の一日。清々しく冷たい空気。やっぱり冬はこうじゃなくちゃいけないな。

 喪中ということで、正月らしいこともあまりなかったけど ま、こういう静かな新年の休日というのもそれなりにいいもんだ。 でも、これからやるべき事は山積しているので、気が重い。

 正月気分も終わって、いつもの日常の生活に戻ると、逆に様々な雑事に惑わされる事はなく、行動のプライオリティは自ずと決まっていくものみたいだ。 それをどうやって処理してゆくかは自分を信じて動くしかないな、たんたんと的確に処理して行こう。

2011y01m06d_113228303 さらに、そして何か新しいことが ☆彡 昨年後半から何となく感じているんだけれど、今年の春から夏にかけて何かが始動する予感が。

 今年の初夢は 富士山の上空に流星  だった、さーて心機一転。  だなっ(笑)  

 東京は快晴、大雪の地方も多いみたいだ。冬の冷徹な空気は嫌いじゃないけど、北海道とかと比べて東京は家の中が寒いから、余計寒さが身に染みる。寒いなぁ。

motsu 寒いと言えば、不況感の冷え込みも厳しいようで、それが出ていたのが終電間際の大混雑、クリスマスや忘年会シーズンは最高レベルのラッシュらしいよ。タクシー帰宅が激減し、みんなが終電を目指した結果だね。飲酒運転撲滅の成果で自家用車通勤も絶滅だし、タクシーチケット廃止の会社が増えたせいもある。懐が寒いせいで飲み歩かなくなったせいもあるかもしれない、会社の同僚との飲みニケーションもない風潮らしい。タクシー会社も飲食業も客激減だろう。大変だなぁ。 僕が行かなくなったから常連だったモツ焼き屋、おでん屋、ビストロやバーも大変だろ~なぁ(笑)

 春や夏になったらまた気分も変わるのだろうけど、なんだかちょっと寂しい冬ではある。寒いね。

tor この年末年始、掃除の助手や大好きな料理をしていて、とても地に足がついた感じがしていた。

 なんだか懐かしい感覚だった。忘れかけていたものを心の底の方から掘り出して、丁寧にほこりを払って手にとって眺めている。そんな感覚が常にあった。

 まぁ掃除とか、料理とかで日常のことから「精神的に」遠ざかって平安な日々だったのだろう。

sp 村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」の中に、毎朝手際よく完璧に掃除する青年が出てきたと思うが、ボクは彼のそれがとても印象的で、象徴的だと思ったな。なんというか、常に崩れよう崩れようとする秩序を、その結果としての喪失と絶望から、元に戻そうとする行為。これこそがダンス・ダンス・ダンスの本質かもしれない。

 ~ん、固定観念や無意識の思考回路を変えるには、意識的な習慣付けが必要だ。毎朝「新しいことを始めよう」と自分に言い聞かせ、自分を信じることにする。

 そして、信じるものは救われる、というのは本当で、楽しくてウキウキするようなことがたくさん起こると心底信じていると実際起こるはずだね。

 スピリチュアリティ (spirituality、霊性 )かよ。 いや、でもマジで(ふふふんふん)

noda 司馬遼の『燃えよ剣』上下いっき読み、ばらがき土方歳三が、『新選組!』2004年に放送NHK大河ドラマの山本耕史にだぶってかっちょよかった。 そしてツタヤ4本千円DVD『のだめカンタービレ 最終楽章』前後2本を観なくては、時間がない。

 樹里ちゃんカワイイ(笑)


110101_0717~01 爽やかな冬の朝、今日は散歩で田園調布・亀の子山へ。
 
 多摩川から富士山を眺めながら、、、今年もいろいろな日々を楽しみたいし、いい年にしたい。 「家内安全&商売繁盛」そして日々感謝を忘れずに幸せになりたい。

 まぁ幸せは「なる」ものではなく「気づく」ものだろうから、今後どんな展開になろうと「ちゃんと気づけばいい」ということだ。とか。新年早々、確認してる自分がいる。

 2011年は不況の年、経済の転換点として記憶されるかも、そして価値観も変わるだろうし、豊かさについての考え方が大きく変化していくのを感じるし、ある転換点にあるのを感じる。 だからもう一度自分をちゃんと見直そうと思う。

月並みながら、一日一日を大切に生きようと思う。

101231_1823~02 元旦だぁ、早かったな。この時期には同じ事を書いているけれど、ローラーコースターで1周回って戻ってきた感じがする。さはさりながら・・・最良のことがあったし、最悪のこともなかったということは「すごく良かった」ということで、2010年は〆ることにしよう。新年に想いを馳せながら・・・今朝フリーズしている脳味噌の再起動ボタンを押した。

 さあて、2011年何をするかな。折り返し地点もとうに過ぎている訳だから、もっともっと人生を楽しまなければいけないと思うのだ。
 
 自分にとって大切な事をより大事にして、どうしたら自分の人生をより楽しめるのかについて常に意識して生活して行きたい。アレもしたいし、コレもやりたいし・・・まだ人生に対するスケベ心はあるっ。

ta 時代的にも、過渡期の10年を越え、この2011年から本当の21世紀が始まるような気がしています。大変革の始まりだな。

 腰の状態は悪いけど、ともあれ2011年が楽しみだ。

 母上作、おせち料理

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