アルコール依存症日記 2009久里浜の夏から

久里浜アルコール症センター 東6病棟492期 Shall we 断酒

2010年03月

 麺の話題をひとつ・・・「麺喰い」なんだよね、昔から。死ぬ前に食べる食事を選べるとすれば、僕は(たぶん)麺を選ぶくらい好きだな(爆)。

 ここ40年?くらい?のことなんだけど、母上の作ってくれる素麺の温麺「にゅうめん」がおいしい。日本のそれまでのイメージの中でのにゅうめんは、しょうゆ味の定番お出汁のシンプルなもので、ちょっと涼しくなった頃に、冷たい素麺を夏に食べ飽きた身にうれしいものなんだけど、積極的に食べたいってほどのもんじゃなかった。ま、食事というよりはオヤツないしは夜食感覚のものだった。

 でも、このにゅうめんはおいしい! その「にゅうめん」の作り方。2人分レシピを今日は書いておこう。

1、白髭葱にして冷水で曝した長ネギ(白い部分)1/2本と生姜一片の(荒めの)みじん切りを、ル・クルーゼに入れ、小さじ一杯の熟成ごま油を加えて、弱火で火を入れる。

2、くたくたになる直前(ポイント!)で水400mlを投入し、ぐつぐつ。

3、トリガラスープ小さじ2杯ちょっと入れる。

4、日本酒少々(小さじ半分くらい)。香り付けだけで十分。味付けは、超薄味。

5、塩胡椒で味を整えて、素麺2人分を投入。あっという間(1分位)で、「いい感じ」に茹で上がります。

6、深めの丼に、5を投入してから・・・

7、用意しておいた刻みネギ、かまぼこ、あれば煮卵(もちろん半熟、11分)、湯通しした油揚げがあれば最高。

 食べる前に僕は胡椒パラパラ(程度)と柚子胡椒を少し入れて食べるけど、おいしいよぉ!病み付きになるおいしさ。

極薄味のトリガラスープってのが、多国籍風でおいしいし、素麺がお腹にやさしい。いろんなバリエーションを試してみたくなるシンプルなお味。今度は蒸し鶏、ナンプラーとパクチーを入れてみよっと。たぶん、「なんちゃってフォー」みたいになるんだろうな(笑)。

ちなみに検索してみると、「にゅうめん」というのは「煮麺」のナマリだそうな。

 陽が沈み徐々に暗さが増す時間。トワイライトゾーン。古今東西、悪霊やお化けの跋扈するのはこの時間帯といわれている。悪魔が鋭利な爪を研ぎながら、舌なめずりしている時間。事故や災難が多発する時間ということで、調べてみると「大(おお)禍(まが)時(どき)」が語源らしい。ふむ、ソノマンマだわな。でも僕は「逢魔が時」って言葉の響きに、悲劇とは全く違ったストーリーのイメージが湧く。

 ジムでじっくり&のんびり動いて、心地よい疲労感を感じながら、暗くなりかけた桜並木を歩いて自宅に戻る。その仄かな薄紅色の桜を下から眺めると、濃紺の青空が広がっている。その時がまさに、逢魔が時。桜の美しさは一番映えるのがこの時間なんじゃないか。


 去年書いた文章を覗いたらやっぱり(笑)、桜が一番美しいのは「逢魔が時」だって書いてるわ(爆)。進歩のないやつ>自分。

 最近の僕はスポーツクラブに通ってます。これで?日連続で行っている事になる。これまでの経験からいって、スポーツクラブへの足が遠のくきっかけは、「やりすぎてしまう」ことなんだけど、この歳になって負荷をセーブすることを意識すると、本当に身体を動かすことが「快感」になってくることに気づいたわけですね。「体幹を伸ばしてゆっくり動く」気持ちよさを体感したのも大きいんだけど。

 運動の基本として「ほんのり汗をかく程度」の定期的な継続なくせに、自分が運動するとなるとへろへろになるまで身体を虐めないと動いた気がしないという思い込みがあった。多忙な毎日。今までは帰宅する道すがら、「あーー今日も仕事した。疲れたなぁ。早く帰って飲んで寝よ」って感じだったんだけど、ここ最近では「ふー、今日も忙しかったな、ひとっ走りしていい睡眠をとろう!」って気持ちになる。脳内のエンドルフィン出まくり状態(爆)。

 つまり、今までの「疲れ」の大部分は、フィジカルな疲労というより「精神的な疲れ」だったワケだね。そこで精神的疲労と肉体的疲労のバランスをとるということで、この心地よさがうまれるんだね。



 さあて、どこまで続けられるかなぁ・・・


 最近異様に、腰痛いし(笑)

 
 腰癌かな?(爆)


20091106124534



                    20091106123033


明日は、竜とゴルフ 夕方から介護員養成講座へ、明日まで寒いらしい!

 この週末は、拙宅の大掃除&大整理第一回目の予定。爺さまのパーキンソン病+レヴィー小体型認知症は、このまま療養型の病院へ転院かと秘かに思ってたら(笑)、爺さまはシブトク復活して来て、自宅で介護の予定に変更になった、それに伴い我家の1階の居間をバリアフリーに改造して1階で寝起き出来るようにする事になり、急遽大掃除&大整理になったのだ、部屋の整理、クローゼットと納戸の整理、廊下に積み上げられたモロモロのモノの整理、クロークルームのスペース作り、などなど。リフォームするとして、この辺で不要なものを棄てない事には、次に進めない!ということになったのだ。大田区から20万円の助成金を貰えるようだ、お世話になります!

 この場所は雪谷大塚駅徒歩2分で住みやすいし環境もいいので、引っ越す気はないが、爺・婆がいなくなった後の自分の老後がチョイ不安!

 大規模にリフォームをすれば、すっきりして面白い空間にすることができるだろう、ちょっと楽しみ。でも現実的な問題として、当面快適に過ごすための大掃除は必要なわけで・・・。今日の午後は和室周りを整理するハズだったのに、キッチンの整理を初めてしまい水道蛇口や流し・IHグリルをきれいにし始めたら、止められなくなってしまった。磨くの好きなんだ、実は。<腰が<<


=======================

 惑星探査機「はやぶさ」、6月帰還にめど 軌道入り確認(2010年3月27日)
 2005年に地球から約3億キロ離れた小惑星イトカワに着陸し、地球への帰還を目指して飛行を続けている小惑星探査機「はやぶさ」が27日、地球に接近する軌道に入り、今年6月の帰還にめどが立った。燃料漏れやエンジンの故障などを乗り越え、計画から3年遅れで帰還する。イトカワを離れ、帰途についたはやぶさは昨年11月にエンジンが故障。帰還が危ぶまれたが、四つあるエンジンのうち、生き残った2基を組み合わせて飛行を続けていた。今後さらに軌道を微調整しながら地球に近づき、小惑星の砂が入った可能性のあるカプセルを豪州の砂漠に投下する予定だ。(中略)はやぶさは03年5月、世界で初めて小惑星の砂を持ち帰るのを目標に鹿児島・内之浦からM5ロケットで打ち上げられた。

=======================

PH_40

 いいなあ、こういう研究プロジェクトっていうのは。日本の底力なんだと思う。そうそう、「かぐや」もエラかったな。人知れず、日夜頑張った研究者たちの努力に敬意を表したい、と思う。  庭の野草by母上

 最近ハマっている韓流「華麗なる遺産」、このドラマを観ながら「異性を見る目」ということについて考えた。つまり自分のパートナーを(それが妥当かどうか)評価する「目」とは何か?ってこと。顔かたちやスタイルなどの外見が好きだとか、その人の雰囲気や考え方が好きだとか、恋愛ってのはふつう自分勝手な「思い込み」から始まる。当事者同士が気づかないうちに、引かれ合うきっかけとなる「何か」が、どんな恋愛のストーリーでもあって、徐々に心が向き合って行く。その流れの中で、それぞれ「相手をもっと知りたい」とか「自分を理解してほしい」ということなってきて、そこに様々な(悲喜こもごもな)ドラマが生まれるわけだ。

 なーんてわかったようなこと爺くさく書いちゃっているけど(爆)。ところが、そんな燃えるような恋愛であったとしても、それが長期的に持続する保証なんて全然ない。もちろん「太く短く」が「細く長く」よりエラい(笑)っていう意味では全くないんだけど、前者のほうがドラマチックであることは確かだ。とにかく、長い短い関係なく恋愛というものは不確定で不安定なもので、しかるに、古今東西「結婚」という社会的システムを人類は作ってきたわけだ。

 相手(異性)を見る目がないと、人生とんでもないことになるのも古今東西変わらない真実。若くて未熟な人間が、同じく若く未熟な相手の「将来性」をどう見極めるか?。結論から言えば予測するのは「かなり難しい」(笑)。自分のことだってわからないのに人のことをわかる訳がない。

 お互い「見る目があった」というより、「運が良かった」ということなのだろう(爆)。

 寒の戻りで、花冷え。開花前の膨らんだ蕾が震えていた。一足先に開花した花は、おっとちょっと早まっちゃったかな?って後悔してるみたいにも見える。夜ジムからの帰り道、きっと湯気が立ってたんじゃないかな(笑)。

 断酒、禁煙のため、内臓・胃腸が絶好調で、調子に乗って食べまくってたら、ウェストが・・・お腹だけ・・・ささやかな目標?があって、夏までに3kgくらい落としたい。体の調子が良い為なのか?、新陳代謝良好?、爪が伸びるのが早い気がする。

 会社のPCが3台も調子悪くて、調整・再インストールに一日掛かり、それにしても一日中眠かった。

2010y03m26d_135245871

 録画した韓国ドラマの「華麗なる遺産」(面白くて家中がハマっている>笑)で、突然おばあさんがいった台詞に『(主人公のヒロイン)コ・ウンソンには「側隠の情」がある』。「側隠の情」って、唐突に出てきたので、あれれっ?どこかで見た事がある場面だな・・・と思って調べてみたら、藤原正彦さんの「国家の品格」だった。

 ========(以下引用)

 武士道には、慈愛、誠実、正義や勇気、名誉や卑怯を憎む心などが盛り込まれているが、中核をなすのが「側隠の情」だ。つまり、弱者、敗者、虐げられた者への思いやりであり、共感と涙である。

 ========

 ふむむ、韓国でも日本でも根本的な儒教的倫理観は同じで、共通の価値観があるんだと思う。でも一般受けするドラマの台詞として、日本では表立って出てくる事はないよなあ。そのくらい現代日本では廃れてしまってる価値観かも。目からウロコ<・・>

 お酒を止めて、煙草も止めたら、内臓的には凄い健康になったみたいで食欲が湧き出る?お腹が減ってしょうがない!太ってきたみたい、ヤバイ(笑)ウォーキング・ラジオ体操・ゴルフなどやってるんだけどね!コーヒーの甘味はチクロにしよう(爆)帰りに一駅手前で下車して歩くか?でも腰が痛い!

 若い頃は体重は自由自在に増減できたのに、年齢とともに簡単じゃなくなってきた。これは体内の代謝速度が遅くなっているからだという科学的エヴィデンスがあって、生物学者の説明ではそのまま「体内時計」と関係しているそうな。さもありなん。

 同じ時間軸を通り過ぎても、代謝の早い子供は長く感じて代謝の遅いおっさんは短く感じる。時間軸の目盛りが前者は細かく後者(つまり僕)は粗いから。別の喩えをすれば、子供の砂時計の穴は大きくてどばどばと砂が落ちていく大きな砂時計なのに、歳をとるに従って砂時計の穴が小さくなってしまうので、ちょろちょろとしか砂が落ちない(爆)。だから落ちた砂を比べてみれば、その差は自明だ。

 脊柱管狭窄症かも(笑)意味わかる?

 ついこの間、年が明けたと思ったのに、あれやこれやしているうちに、もう桜が開花しているもの。

 ここのところ、ちょっと夜更かしパターンになってる。逆に夜明けがどんどん早くなってきているので、朝の目覚めはすっきりと早くなりつつあるけれど。早く本来のパターンに戻さねば。家の近所の白モクレンが満開。彼岸を過ぎれば春本番。

 家のささやかな庭では、水仙がいっせいに花開いている、母上が植えている野草は全然花の名前がわからないマニアックな花々で、出入りの植木屋さんも間違えて抜いてしまって母上によく叱られている(笑)。チューリップはもう少し。家の近所の福山雅治の歌で有名な田園調布さくら坂の桜の蕾がどんどん膨らんできている。

 今週、木曜日に久里浜アルコール症センター精神科・M先生に受診予定、後2週間で、久里浜を退院してから6カ月、なんだかアッと言う間に過ぎたけど、これを区切りに仕事に完全復帰の御許しが出るはず、ワシントンDC留学中のK先生からも日曜日、ゴルフの最中(時差?)にこのブログにコメント戴いたし、病気の方も春本番?と行きたいところ(*^_^*)





 福山雅治の「桜坂」2000年を代表するヒット曲となった福山雅治の「桜坂」。

この「桜坂」は、東急多摩川線の沼部駅からほど近い大田区田園調布本町に実在します。普段は閑静な住宅街のなんでもない坂道が、桜の季節のほんの2週間程だけ、 桜のトンネルのようなみごとな景観を創り出して、そこを通る人の目を楽しませてくれます。
 地元の人の間では、中原街道から多摩堤通りに抜ける道として、 昔から桜の素晴らしさは有名でしたが、 福山雅治の唄がTV番組「未来日記」のテーマソングであったこともあって、 「桜坂」のヒットでその名が全国に知れわたってからは、 この坂を目的にここを訪れるカップルが絶えません。桜の季節の休日ともなると多くの人で、渋滞がおこるほどになりました。

sakurazaka_img1


 実父が先週、巣鴨のとげぬき地蔵にある特別養護老人ホームに無事入所(お陰様にて!)、父の人生は、ここが終点になるはず、荷物はみかん箱に一つしかない、じつにさっぱりしたもんだ。 

 人生で本当に必要なもの、身の回りに置いておきたいものは、実に「こじんまり」としたものなのだ。どんなにお金があってもの凄い豪邸に住んだとしても、贅沢三昧をしたとしても、逆にもの凄い貧困に喘いだ生活をしたとしても、墓場まで持って行けるモノなんて何もない。さはさりとて、さりながら・・・結局年老いた時には、人は皆所詮は「座って半畳、寝て一畳」なのだ。ということは、限られた人生の時間の中で僕らは目一杯生きている事を楽しまなくてはいけないっ!ってコトで、他に何を求めようというのか?「享楽的に」「刹那的に」という意味じゃなくて、一所懸命人生を楽しむべき。そんなこんなで、感慨深く、夕方帰途についた。


 こちらは、母上と母の女学校(笑)のクラスメートのオグさん(銀座育ち)を乗せて(3人で210歳)、白金の国立科学博物館附属自然教育園へ、カタクリの花<綺麗<都会のど真ん中、港区にこんな場所があるのだ、メダカ・ヘビ・亀も自然に生息していました(笑)

PH_35

 赤堀審議官・前田専務・シンゴ工場長と二日間のゴルフ合宿、やはり少年時代からの友人はいいものだ、皆ゴルフ上手いわね!、おさ虫は22年ぶりにゴルフ再開したわりには、本日最終日の決勝ラウンド47・40で、まずまずのでき、最終ホール40cmのパット入れれば22年ぶりの39回だったけど、はずしちゃった、ゴルフってそう言うもんだよね(笑)精進します!


 テレビで、航空自衛隊「救援隊」の訓練生の卒業式シーン。人知れず日夜想像を絶する鍛錬をして、目標に向かって健気に努力する若者達。こういう地道な「無我夢中で一所懸命になること」が卑下されたり、バカにされたりする最近の日本の社会の風潮っていうのはイカン!って思う訳だ。泣けた。

 ゴルフも人知れず努力(コッソリ)地道に、でも楽しまねば(笑)

PH_31


PH_33












早く帰れたので、お彼岸で、うちの御墓に行ったのだ<ツイデ



 今週はルーティン&サブルーティン入り乱れての超多忙なスケジュール。家の爺様のパーキンソンからレビー小体型認知症への移行で荏原病院・精神科入院や実父の特別養護老人ホームへの引っ越しなど、今週は、朝から夜までばたばたと走り回りつつ。なんだか、まだまだ続く坂道を駆け上がっているような感じ。でも、この感じ嫌いじゃない。貧乏性。

 土日と泊まりで、栃木でゴルフの合宿(高校時代の同級生と、旧友はいいものだな!)田舎のスナック、場末のスナック(笑)でカラオケ大会にはマイッタ!

 今朝の寝覚めはビミョウだった、何となく悪い夢を見ていたような気分、覚えていなくて良かったけど、覚えてたらきっと今日1日クラかったはず。
 
 そういう時は何も考えず、ひたすらてきぱきと布団をたたみ、今日は今日と窓を開けて、新しい風に顔を向けよう。


 最近我が家は韓流ドラマ「華麗なる遺産」にハマっている。韓国では視聴率45%を越えたとか。ストーリー自体は典型的な遺産相続ドラマなのだけれど、そこに張りめぐらされた伏線と複雑な人間関係が、「どろどろ&熱く」て実に面白い。かの国の親子、友人、先輩後輩、上司部下の上下関係とか、それも日本とは違っていて興味深い。お辞儀の仕方とか生活習慣なんかは非常に日本との共通点があるし、親近感も感じる。それと、HDの撮りだめして連続して観ているせいかもしれないけれど、このドラマの登場人物ってやたらと「ため息」をつくことが多い気がする。演出の関係なのかそのくらい韓国では当たり前のことなのか(笑)。健気で活発なヒロイン、コ・ウンソン役のハン・ヒョジュがキュート<ファンです。

 眠い・眠い・眠い。このところ非常に眠たい。睡眠時間的には十分に足りているハズなのに、一日中なんとなく眠い。季節的変動なのか、たんなる体調の変化なのか、疲労が溜まっているだけなのか・・・たぶんすべて当たっているんだろうな。むむ?こう書いてみると、「ねむい」と「ねむたい」と「ねむりたい」は、同じようでも微妙にニュアンスが違うんだな。

 IPサイマルラジオの試験放送。もともとPCの作業とラジオの相性はいいとは思っていたけれど、ごく自然に楽しめる環境。さすがに仕事場でラジオを聴きながら仕事する事はないんだろうけど、緊急時とか災害時に情報収拾するには便利かも。ホリエモンvsニッポン放送の攻防の時に、盛んに言っていた「ネットの旧マスメディアの融合」の一例がこれなんだ。8月末までの試験放送が、今後どのように発展して行くのかが楽しみだし興味ある。

 僕ら昔ラジオを楽しんだ世代がこれを契機にラジオを聴く楽しさを思い出して回帰していけばいいと思った。リアルタイムの音声を聴きながらネットでのテキストファイルや画像や動画が観られれば、これは新しいアウトプットになりうる可能性がある。おもしろ!

 今週からパソコンで、東京在局AM,FM局がすべて(東京の放送局だけよ)世界中で!聴けるようになりました、各局のホームホームページからも入っていけるけど、 radiko.jp (コピーして検索してね、タグ書く面倒)からの方が、全チャンネル聴けるので、便利かも。今も聴きながらキーボードを打ってます。AM,FMどちらも最高の音質、しかもステレオで聴けるなんて夢のよう、AM,FMの音質に、差がまったくないのも良い。

 これでラジオの視聴率が戻るといいけどね、うちの会社で、FM局のラジオショッピング番組に商品出しているんで、これにて売上倍増願いたい、fm福岡だけどね(笑)


 画像は、昨夜たまたま発見したユーチューブの 「hang drum」面白そうだね、おさ虫にも出来そうな予感。




 月曜日夜は母上は外出中、爺さまは持病のパーキンソン病が進行、精神症候(特に幻視、常に蛇やヒルが視えている)、認知障害を合併で荏原病院精神科に入院中と言う事で、ひとりご飯。久しぶりで金剛園で焼肉を食べることにした、ビールはもちろん麒麟のフリーで。ひとり焼肉ってけっこう好きなんだ、実は。

 隣はちょっと派手めなおっさん4人組。彼らの話を聞くとはなしに聞いていると、どうも外車専門の中古車販売の業者さん達みたいだ。最近の景気の話とか、商売の話とか四方山話をしている。そのうちに、あるおっさんが、車の仕入れはスイスが穴場なのだと。「えっ?スイス?」思わず聞き耳を立てる僕。ドイツ車もイタリア車もスイスの市場がいい、としきりに言っていた。へえ、本当かいな?スイスといえば物価が高いってイメージしかないんだけれど。でもユーロになって円高の昨今だから事情は変わっているだろう。彼らの話から推察するに、お客からのリクエストで特定の車を海外に買い付けに行くみたい。世の中にはそんな人種も居るんだ。

 そのうちにそれぞれのおっさんの旅自慢になって、これが結構面白い。やっぱりラスベガスがいいとか、ロンドンでアビーロードで写真を撮ったとか、オアフの穴場はここだ、とか。それはちょっと勘違いじゃないの?とか、ツッコミを入れたくなっちゃうような話も聞こえるんだけど、うれしそうに話しているオッサン達が微笑ましいというかなんというか(笑)。全員が「自慢話」なの。それを皆がそれぞれ持ち上げて盛り上げる。あのノリで二次会はキャバクラにでも行っちゃうんだろうな(爆)。その隣でひとり焼肉してる僕って(笑)。

 帰宅してから、腹筋をしつつ、スマスマ見てたら、国際宇宙ステーションに長期滞在中の野口聡一宇宙飛行士と中継で繋がって、ビストロスマップ風に宇宙で手巻き寿司つくって(無重力で!)、ご飯はフリーズドライを水分で戻した酢飯らしい、キムタクが寿司の匂いがするって「はへ?」って感じ。

biz0905310802000-p1

「サービスを必要なことだけに限ること」

 省エネという点から言えば、その極意を満たしているのがコタツである。大腿部から下を温めることによって、全身の血液を温めることが可能で、それ以外の部分に接する気温が低くても、寒さを感じることはない。しかも、肝心の頭は低温に保つことによって、活発な脳活動を可能にしている。

 コタツの考え方と対極にあるのが、西欧的な考え方であるセントラルヒーティングである。誰も人が居ない部屋も暖房することは、無駄でしかないのだが、無駄にエネルギーを使うことを豊かさと定義している。効率を考えるなどということは、「貧乏くさい」。これがセントラルヒーティングの発想である。

 コタツの優れたところは、極めて限られた体積を断熱のよい状態にして、その空間のみの温度を制御していることである。そして、もともと適度の放熱が必要な頭部を温めないことも評価すべきポイントである。

 すなわち、サービスをある空間だけに限ることがコタツの本質である。空間だけでなく、より一般的な表現をすると、次のようになる。「サービスを必要なことだけに限ること」。

 、「必要なことだけ」の「こと」には、3種類の意味があると考えている。今のところ、(1)空間、(2)時間、(3)方法、をこの3種としている。熟成度が低いので、将来、変化する可能性も否定できない。

 コタツは、オリジナルの「空間」に関する優等生であるが、「時間」「方法」についても優等生かと言われれば、多少違うかもしれない。

 こんなものを「時間」と定義している。エアコンの場合でも、部屋に人が居なくなったら、送風を止めるといった方法である。

 「方法」の解釈には、多少広がりがある。真意は、「無駄の無い高効率な方法」であり、「高断熱」とか、「高効率」とか、「自然エネルギー活用」とか言った概念をすべて含むものである。

 水道水が飲めるのに、ペットボトル入りの水をフランスから輸入することは、この最後の「方法」に反する行為である。

 ここで新コタツ文明の意義を再度考える。実は、地球の限界と調和する文明はセントラルヒーティングに代表される西欧型ではない。そして、海外に売り込む製品を作る思想が新コタツ文明なのだ。コタツ文明は、どうやら内向きマインドであって、海外にそれを普及させるという方向とは違う。ここにちょっと考えると矛盾があるようにも見える。そこで、「コタツ」ではなくて、「新コタツ」文明なのである。

 この「新」は、少なくとも、アジアに向けて広がるマインドを示す言葉なのである。西欧は、すでにセントラルヒーティング的な快適性に染まりすぎているため、新コタツ文明を受け入れないかもしれない。中国は若干の疑念があるが、それ以外のアジアが西欧型文明に染まる前に、是非とも、新コタツ文明を普及させる必要があるだろう。

 消費者も、経験から、もっと賢くなることだろう。そして、新コタツ文明のような考え方に共感する人々は増えてくることだろう。丁度、日本のエコカー(電動併用エンジン)が徐々に、しかし確実に世界に浸透していったように。

 新コタツ文明を、まずはアジアに。そして、世界に広めることが、恐らく、日本という国にとって、使命とでも言うべきことだと思うのである。



 
 こういうの「老婆心」ってんだろーな(笑) 四次元エコ・引用
 うちは炬燵!ないんだけど(笑)


 10年先輩の人達が今年・今月で、たくさん定年退職する。若い頃、結構お世話になった世代。今でも元気で若いんだよね>全共闘世代。

これからどんな老人になっていくんだろう?

ある意味、自分が老人になった時のシミュレーションになるかな(笑)。

 おぎゃーと生まれたときから、親が画像をビデオを撮影していて、その人の人生で起こった出来事を克明に記録していたとする。毎日データベースを画像や動画や音声やテクストとして残してゆく。実際出来るかどうかは別問題だけど(笑)、テクニカルには、今の技術を持ってすればで十分可能だろう。今後ITがさらに進めば、ごく自然に無理なく記録できるようになるだろう。その子供達が育って、自分で記録が出来るようになり、今度は親から引き継いで毎日毎日自分の経験したこと、学んだこと、感動したこと、楽しかったこと、哀しかったこと、怒ったこと・・・等々を記録する、とする。小児期・思春期(冬)>青年期(夏)>中壮年期(夏)>老年期(そして秋)・・・。死ぬまで毎日毎日。60秒・24時間・365日。つまり、自分の人生を「メモリー」の中に記録するのだ。その時代の人達には、どんなドラマがあるんだろう?・・・というのが今日の妄想(爆)。ジムで、御風呂に入っているときに閃いた。

プロット1:
 男と女が出会って恋愛関係になった。結婚を考えた二人は、お互いのことをもっと知りたくて、それぞれの今まで歩んできた人生の「物理的メモリー」を開けるための「暗証番号」を交換する。そして・・・相手の「一番お気に入りのメモリー」を閲覧した二人は・・・?そのセグメントの中で、ふたりが選んだのは偶然にも「昨日と一昨日のデータ」。唖然とする男と女。喜悲劇&どんでん返しの結末。

プロット2:
 どうしても消したい(忘れたい)過去の出来事というのは誰にでもある。とんでもなく恥ずかしい体験や、涙さえ出ないくらい哀しい出来事etc. しかし、そのデータベースは国家が管理していて、自分の一存では改変できないことになっている。犯罪者のその男には、どうしても消し去らなくてはいけないメモリーがあった。その男の消したい過去とは?そしてその顛末は?

 でも、よく考えてみると、想い出は曖昧で自分勝手なものだからこそ、人は人生を進んでいけるものなんだよね。画像や動画や音声できっちりと記録されている「物理的メモリー」という設定は、それが現実ならばタマランわけ。だからこそ、小説的に文学的に面白いんじゃないかな(笑)

Danger past, Got forgotten

 移動の車中で眺めていたメッセージ広告。へーーー。ふむふむ、なるほどね。不勉強にして知らなかった。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とか「困った時の神頼み」のニュアンスか?

 解釈~ つらく苦しい経験も過ぎてしまえばすっかり忘れるという意味と、反対に苦しいときに人から受けた恩も、自分が楽になると忘れてしまうという意味があります。

 過去の苦しい経験を思い出せば現在がどんなに幸せかを実感することが出来るし、人から受けた恩恵は、忘れずに記憶にとどめておくことが初歩的な恩返しのひとつでしょう。でもこれが人には難しいのですね。人は忘れるから生きていけるとも言います。でも折に触れて思い出し、振り返るのはとても大事なことだと思います。


ちょっと調べてみたら、以下のものがあった
類句: 
The river past and God forgotten.
(川を越えたら神様を忘れる)
Benefits are soon forgotten. 
(してもらったことはすぐに忘れられる)
Eaten bread is forgotten.
(食べてしまったパンは忘れてしまう)
Benefits please, like flowers, while they are fresh. 
(利益は花のように新鮮なときだけ喜ばせる)
Once on shore, we pray no more.  
(陸地に着いたらもう祈らない)
Vows made in storms are forgotten in calms. 
(嵐のときの誓いは平静なときに忘れられる)

41KQQVMX1BL__SS400_

タイガー君、マスターズ 出られるといいね、もういいよね(笑)

今年は寅年だし<爆

 冬といえばスキーというのが定番だった時代は、もう過去のものなのだね。最近の青少年たちを見ていると、日帰りか一泊でスノボーってパターン(カーリング?)。

 猫も杓子も彼女を誘って、深夜の高速を車でスキー場へ向かう!という、情けないくらいワンパターンの恋愛ドラマ(爆)は、過去のものになっちゃったのだ。

 これに類似したシチュエーションについての考察で、少なくとも5編くらいの物語を書けるぞ、僕は(爆)。
 
 古くは、カセットでユーミン・CDになってからは広瀬コーミで深夜の関越高速をカッ飛んでたっけ!さすがに8トラックテープで加山雄三(アルプスの若大将)の世代ではないのだ(笑)

2010y03m11d_190431244


マーカー M4

 内親王・愛子ちゃんが「登校したくない」と言った(らしい)ことについて、大の大人がマスコミも巻き込んで、何やってんだろう!小学校低学年の女の子がたまたま体調不良で学校を休んだ。体調が戻っても「学校に行きたくない・・・」と言ったとして、その理由のひとつが「乱暴な行動をする男の子に会いたくない」だったとしても、よくあることだ。それを公にする事自体がオカシイ。オカシイという判断ができず公表した侍医、それに反応して調査して記者会見まで開いた学校と宮内庁、それを真に受けたマスコミ、すべてNGだと思う。

 「学校に行きたくない(涙)」という小学生の女の子の言葉に、「それじゃ、無理せずに学校を休みなさい」と言った取り巻きが居たとしたら、それも間違っている。過保護すぎるんじゃないか?すぐに学校を休ませる親が、ほんとうに多くなっている風潮も関係あるのか?昨年の秋ころから前触れや兆候はあったみたいなのに、周囲がそれに対応できなかったのが問題だろう。

 「何を言っているのですか!皇室で生まれた貴方がこれから経験するストレスと、克服するべき悩みからすれば、そんなことは取るに足らないことです。学校を休むのは現実から逃げる事です!」って、教え諭す人は居なかったんだろうか。それで、泣く泣く登校した彼女の立場を、陰から最大限サポートしてあげる大人は、もちろん必要だろうけど。それが帝王学というものなんじゃないかな?

 今回のことを公表する事が、どんな波紋を呼ぶのか?について、取り巻き連中が理解していないはずなない。以前から一般庶民に流布している彼女に対するさまざまなネガティブな噂を、このエピソードが後押ししてしまい、「あーやっぱりね」という印象を持ってしまうかもしれないではないか。彼女の立場を考えれば、むしろ秘密裏に粛々と(彼女だけでなく)彼女と学校の子供達のダメージを最小限とするべく、大人達が守ってあげなくてはいけないことなのに。

 なりませぬ(怒) 

 宮内庁御用達だった、おさ虫、一、皇室ファン(笑)

2010y03m10d_191539576

 麹町中学のとき、体育の長距離走で東宮御所一周やらされてたんだ(年に一回の本番は皇居一周)結構辛かった、ゴルフ場にすればいいのにね<爆

 失敗が重なり、悲観的になってしまう事もいろいろたったけど。過去を清算し、新たな自分に向かって進むことを検討してみよう。

 投げやりにならず、一つ一つを解決して行くと道が見えてきます。ふさぎ込んでいると運気が低迷しそう(笑)。輝きを取り戻しましょう。無理せず自分のペースで進んでいけばOK。焦りは禁物だよね!

胸躍るトキメキはありませんが、穏やかな恋の予感のする日です。

PH_3

 人にはあまり言っていないけど、実は赤坂溜池の小松製作所のビルの屋上にデッカイ!ブルドーザーの看板?オブジェ?模型?が乗っていて、それを見ながら育ったのか?子供のころからかなり「重機好き」なのだ。はたらくくるま・フェチ。(今は屋上植物園・日本花の会になっている)

 あの重量感、確実な仕事力、人知れず努力している健気さ、実直で無骨でぶっきらぼうなのに温かい感じ・・・。だから工事現場を見ていると、わくわくする。ブルドーザーなら小松製作所、クレーンやユニックだったらTADANOでしょ、やっぱり。迷彩色の自衛隊の装備重機なんてもう最高に大好きなカテゴリー。それを自在に操作する人は無条件にレスペクトしてしまう。鉄道好きが電車の運転手さんに憧れる感じとちょっと似ているかもしれないけど(笑)。

2010y03m08d_205418258

 なんだかなぁ・・・今日はイロイロあって、心の底で漣が立った。

 考えることを 止めようとすればすればするほど、考えてしまう
思い出すことを 止めようとすればするほど、忘れられなくなる・・・

 やれやれ

自分の思い通りにコトが運ばないっていうことは、浮き世の常でよくある事だ。

 思い通りにならなかった結果に対して、どう対処できるか?がその人の器量なんだと思う。「自分はベストをつくしたのに(自分は悪くないのに)...、「誰かのせいで...」とか「こんなことがあったので...」とか、言い訳しちゃうのはフェアじゃないし、みっともない、と思う。少なくともオトナは言っちゃいかん台詞。プロもアマもオトナは言い訳しない。

さて、言葉遊びの好きなおさ虫ですが、その発想を起点として、今日は歯医者での待ち時間にいろんなことを考察。

 ツボってのは経穴(いわゆるツボですな)のことなんだろうね。押したりして刺激すると「痛気持ちいい場所」ですな。つまりSweet Spotっていうのか、trigger pointっていうのか、英語の辞書を引くとenergy centerなんていう言い方もある。ふむ、なるほど。そこから派生して「笑いのツボ」。「落としどころ」とか「きめ技」みたいなニュアンスがあるな、この場合。

 でもさ、「そんなことをすれば、彼らの思うツボだ・・・」なんていう時は「思う壷」ですよね。

 むむむ??この壷ってのはどんなツボなんでしょ? それに、この「壷」あんまりいい意味じゃないよね、この場合。「ドツボにはまる」のツボだよね。文章自体が受動的な内容だ。つまり、彼ら(敵)の「思う壷」に嵌められてしまう=良くない事態 だもんね、通常は。

てなことを考えた今日。

 暇な時に限ってヘンなこと考えちゃうんだよね(笑)

superdokkan-img600x450-1267312578kvsjip74633



 高校時代、古文や漢文って結構好きだった科目。滝山先生というユニークな若い教師だった(去年暮れの別のクラスの!クラス会に行ったら、茶巾の有職だろって覚えていてくれた、30年以上前の事(笑)。)仙人の話とか儒教的な寓話とか、ストーリーとして面白くて興味を持った。とはいえ、好きだった割には勉強しないもんだからテストの得点はイマイチだったな(笑)。この歳になってみると、何故10代のあの時期に古文とか漢文を勉強するのか?という意義・意味が少しはわかる気がする。

「教養」という言葉には、なんだか鼻持ちならないスノッブなニュアンスと雰囲気があるんだけど、本来は人生を豊かにするための「知的基礎体力」みたいなもんだと思う。うまくいえないけど。だから、あの年代に日本人・東洋人としてのアイデンティティを学習することの意義があるのだ。昔の人にはその「教養の背骨」がしっかりと身についていて、思考や思想がブレなかった(逆に言えば柔軟性がなかった)気がする。「立派な日本人」像は、確かにかの時代(明治・大正・昭和)には存在してた。その「日本人としての知的基礎体力」が今の現役世代(もちろん我々も含めて、だけれど)に欠如しているのは、ちょっとマズイ気がする。将来的にはもっとマズいことになるんじゃないか?

 そんなに大それたことじゃなくても、僕自身もっと勉強しとけばよかったな。ま、今からでも遅くはないんだけど(笑)。そういえば、元首相で60歳でスパッと政界を引退して今は陶芸家をやっている細川護熙さんは本物の趣味人で、漢詩や古文に造詣が深く彼のエッセイを読むと、この爺さん只者じゃない、すごい!と感嘆する。まあ、殿様だから出来ることなのかもしれないけどカッコいいんだな。あの人が首相をやっていたんだから、日本も捨てたもんじゃないって気になる。

 で、そんなことをつらつら考えることになったのは、暖かい午後の日差しを浴びながら進む池上線の電車の中。虫達が地面から這い出すこの時期、「けいちつ」ってどんな字だったけな?なんてね。「ちつ」がわからない。別の字はすぐ浮かぶんだけど(爆)。帰宅して、さっそく検索。


 啓蟄(けいちつ)は二十四節気の1つ。3月6日ごろ。および、この日から春分までの期間。太陽黄経が345度のときで、大地が暖まり冬眠をしていた虫が穴から出てくるころ。二月節。暦便覧には「陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり」と記されている。柳の若芽が芽吹き、ふきのとうの花が咲く頃。(後略)


 ふむふむ。

何かを得るためには、何かを犠牲にしなくてはいけない。当り前の真実なんだけれど、これがなかなか難しい。

アルコール依存症になってからできるだけ、身体的にも精神的にも「いい栄養を摂る」こと意識するようにしているけど、容易なことではない。食べ物で喩えれば、日々の生活の中で、どんなものを摂るのか?というのは、プリミティヴなことだけど、どう生きるか(どんな生活にするのか)ということと表裏一体なのだ。美食三昧がいいわけもなく、かといってジャンクフードばっかりでいいわけもない。そのバランス。

 アートの世界だともっと深い。インスピレーションはいろんなセンサーやらレセプターがなくては反応しないだろう。さまざまなインプットをすること。天才といわれている人たちの素晴らしいのは、その生れながらの資質に努力がうまく調和できる、その才能があることだと思う。人一倍「がんばれること」「集中できること」っていうのも大きいだろう。

 若い頃はいいのだ。ただひたすら貪欲にいろんなものを吸収すれば。人生の折り返し地点を過ぎたこの歳になると、もう少し慎重かつ大胆になる必要がある。


 これからの人生をどうやって生きて行くか(この春)決めようと思う!


2010y03m04d_141302048

 脳というものは、基本的に快感を求めるものである。したがってネガティブなことを考える(する)と脳がその潜在能力を抑えてしまう。能力を最大限高めるための様々な工夫は、それぞれリーズナブル。というか、僕は日々感じているけれど、元気なご老人は皆前向きな生活をしているように思う。

たとえば

朝、一日の計画を立てて生活をする(前頭葉の刺戟)

ポジティブな内容の日記を書く。

自分の趣味(好きな事、興味のある事、好奇心)を持つ:ミッドアルファー波をいかに出せるか?

聞き耳を立てる(側頭葉の刺戟)。

キーワードを意識して新聞を読む(後頭葉と海馬の刺戟)。

いい経験を憶い出す、イメージする(海馬の刺戟) などなど。

スケベ心というかエッチな好奇心が脳にいい影響を与えるのは医学的には証明されている。元気な人は皆、色気がある・・・じじい&ばばあになっても(爆)。


 この他、スポーツ心理学的にパフォーマンスを高めるための工夫として

 愚痴を言わない事(対人関係で負の共振がおこってしまう)否定語を使わない事(ネガティブな感情を引き起こして脳の機能を停止してしまう)
ゴールを勝手に設定しない事(ああ、もうすぐ終わりとゴールを設定してしまうと脳がブレーキをかけてしまう)。

 なんだか、祖父の関係で子供の頃、なんどかご一緒してもらった日本を代表するアマチュアゴルファー中部銀次郎さんの言葉を思い出した。

2010y03m03d_123809962
 

「人間の心(気持ち)のキャパシティ(容積)」というのは、どうやら決まっているものらしい。

 うれしい、楽しい、哀しい、ツライ、心配だ、面白い、愛している、好きだ、嫌いだ、欲しい、欲しくない、憎い、残念だ、気持ちいい、気持ち悪い・・・様々なサイズの「質量をもった感情という塊(カタマリ)」を、人は皆その「心の袋」みたいなものの中に持っていて、その限られたキャパの中で、「右往左往」しつつ生きているのではないか?と思うのだ。

 これらの、ごろごろ&どろどろ&ふわふわした・・・色んな質量の「塊s」の出し入れが、自由自在にコントロールできるのは(つまり「悟りを開いた状態?」は)、常人ではアリエナイ。だって、過酷な修行を修めて悟りを開いて空を飛べるようになっても、つい女に見とれて川に墜落して、さらにその女とヤッてしまう久米仙人みたいなこともあるんだから(爆)。つまり、我々は皆悩み、様々な感情に翻弄されながら日々を送っている。いい意味でも悪い意味でも。

 悩んだり考え込んだりしている事があったとしたら、その人の「心の袋」は今、その重い塊(カタマリ)で一杯になってしまっていて、その他の塊sの入る隙間がない。でも、そのちょっと前まで悩んだり心配していた別の事については、いつのまにか「どーでもいいこと」になってしまっている。つまり、今のカタマリは、時間が経てば必ず、別のカタマリに取って代わられる運命にあるということなんだ。そのくらい「心のキャパ」は限られたものだろうし、我々の感情というものは揺れ動くものだ。脳には柔軟性と可塑性があって、無意識的に優先順位をつけて処理してくれるのだろう。

 別の観点からは「今、この瞬間を大切に」という宗教的真理に繋がるのかもしれないし、医学的には脳の基本的な防衛反応とも云える。
マスコミで指摘されるように、僕も「心が病んでいる人」が最近では確実に増えている気がする。これを「ストレスフルな社会の病理」として捉えられることが一般的で、ある意味正しいとは思う。でも、もっとシンプルな別のロジックがあっていいような気がするのだ。ポジティブ&楽観的&陽転思考などのセミナーやら啓発本やらが、いつの時代にも巷には蔓延していて、つまりそれだけニーズがあるということだけれど、僕は違うと思う。それほどノー天気なことじゃないはずなんだ。僕だって病んでいるんだい!

 このブログで書いている事や、両親の病気とか、自分の個人的問題&課題山積で、さてどーすっかなー?といろいろと思い悩んでいることがある。まあ、些細な事と言えば些細なことなのだけれど、自分的にはそれなりに悩んでいるつもり。でもその観点から言えば、その厄介な塊は、今たまたま僕の心のなかにあるだけで、好むと好まざるに関わらず、そのうちいつのまにか別の塊が入ってきて、なんとかなっちゃうんだろうな。そう思ったら、ある意味スゴく楽になった。

 やっぱり聖書を読んで勉強してみよう!

 やっぱり、御風呂上がりにビール飲んでみたい気持ちアリ(笑)これって些細な問題かよ? <爆<

20091106124534

 手紙やはがきを書こうとしてペンを執っても、どの言葉から書き始めてたらいいのかいきなり考え込んでしまうことはありませんか? むすびも意外と難しいものです。

★時候の挨拶

 早春の候  寒さもゆるむ  日に日に春めいて  ちらほら花の便りも聞かれるこのごろ  ひと雨ごとに春が近づいてきます 陽春のみぎり 

★結びの挨拶

 季節の変わり目どうかご自愛ください  春の風邪にお気おつけて  やさしい春の陽におすこやかな日々をお過ごしになられますように  これから良い季節です皆様お元気でお過ごしください



 水仙の黄色、梅の白または薄紅、沈丁花の紅紫ならびに白、さくら、と順を追って咲く花が一斉に開き始めるのが、春なんだな~、ア症のおさ虫には、お花見注意報発令!、高級なお茶と和菓子で、上品に行ってみよう(笑)

2010y03m01d_152827233

久里浜(ア)センター 東6裏のショートコース1番ホール側に一本だけ、桜が咲いてた<2月25日木曜日

↑このページのトップヘ